34.リベンジ(1)

 ***


 結果的に言えば、花実の心配は杞憂に終わった。

 ――だ、誰にも会わなかった……! 奇跡! これが日頃の行いか……!!


 ゴールまであと一歩。そう遠くは無かった刈安の部屋の戸を叩く勢いでノックする。中から驚いたような声が上がった。


「どちら様!? 乱暴すぎるわ」

「紫黒! 紫黒、私だよ! ヤバい事になったから開けて欲しい!」

「主様!? すぐに開けるわ」


 宣言通り、戸が吹っ飛ぶ勢いで開け放たれた。こちらも相当無茶苦茶なノックをしたが、それでもあまりにも暴力的過ぎる。

 室内に引き摺られる勢いでダイナミック入室させられた。普段は気の利く、黒にしては性格に癖のない良い子なのだが緊急事態に陥るとちょこちょこ脳みそが筋肉に早変わりするのはどういう事なのか。


 室内にはプレイヤー――否、烏羽の指示通りに他の神使達が揃い踏みしていた。

 薄群青、戸を開けて対応してくれた紫黒、机に向かって書類を漁る藤黄、そして手持無沙汰でぼんやり窓から外を見ている薄墨。きちんと確認した、欠員はいない。

 ああ、と薄群青が小さく呻いて頭を抱える。


「主サン、烏羽サンはどうしたんスか? まさか、置き去りにされた?」

「いいや、戦闘中……。狭くて巻き込みそうだから、ここに戻れって」

「あ、そうなんスか? てっきり前任達と似たような末路を辿りかけているのかと思ったッス。あ、水ありますよ。何があったか説明して貰っていいスか?」


 烏羽の信用の無さに涙が――いや、やはり流れる涙などないが、哀愁くらいなら覚える。やはり日頃の行い。今日はそれらを痛感させられる日だ。

 ともあれ、事情を何も知らない神使達に説明する。こういうロールが必要なのは如何なものなのか。パッと共有できないのだろうか?


「――濡羽姐さん、は……。あの時、自爆していなくて……褐返と、入れ替わっていた……? 褐返には姿を変える能力が、ある」


 であれば、と藤黄がおずおずと言葉を発した。主に、薄墨をはじめ黒の面々に。


「僕は事情を知りませんが……。相馬村で、貴方達、黒が揃って嘘を吐いていた事になりませんかね? 知っていたんでしょう、褐返の特殊能力を」


 相馬村編では薄墨は敵サイドだった。故にその嫌疑は紫黒とこの場にはいない烏羽に向けられている。心なしか、薄群青も思う所があるようでピリピリとした空気を放っている様子だ。

 当時の状況を恐らくプレイヤーより察していた黒の一員、紫黒は肩を竦めて首を横に振った。


「正直、私と褐返の力量差はあまりないわ。戦闘中の、それもあんなに忙しなく状況が変わるような騒動で褐返の入れ替わりトリックを見抜く事は出来ない」

「そうですか……? 配布チケットでこの社に来た身として、あまり口出ししたくはないんですけど……この社、黒が多いじゃないですか。口裏を合わせて、情報の規制をするなんて事は簡単ですよね?」

「そうは言われても。とにかく、私は場が落ち着いていないと褐返の能力を見抜けない。大兄様はきっと誰がどうなのか分かっているけれど、あの場で濡羽ではないと仰らなかった……」


 誰も嘘を吐いていない。正常な証言を前に、安堵した花実は議論の終了を告げた。烏羽は「間違いなく自爆したのは濡羽だった」と嘘偽りなくそう言ったのだ。ならば、この時間はもう無意味である。


「私もそう思って烏羽に、自爆したのは間違いなく濡羽だったか聞いたけれど、間違っていないって言ってたよ」

「でも主サン。現に、濡羽は生存してるんスよね?」

「代償召喚がどうの、つってたけど何? 新しいチュートリアル?」

「え、何それ知らん……。藤黄サン、何か聞いてます?」


 眉間に皺を寄せた薄群青の問いに、藤黄は暫し逡巡する姿勢を見せ、やがて口を――


「代償召喚については知ら――」

「あー!!」


 最悪なタイミングで回答を遮ったのは、回答を強請った本人である薄群青だった。誰もが困惑する中、彼はストップのゼスチャーで激しく首を横に振る。


「ごめん、やっぱり言わなくていいッス! ちょっと俺にも思う事があるんで、何も言わなくていいッスわ」

「え、はい? まあ、貴方が聞いてきた訳なので……それでいいのなら……」


 ――残念。知らないって言い掛けたその言葉が嘘だって、私はもう認識出来ている。

 何の為にその嘘を吐こうとしたのか。また、何の為にその言葉を遮ったのか。細かい部分は不明だが、ともかく知らないと言うのは大嘘である。


「……誰が誰の為に、どうしたいのか……」

「主サン?」

「――ううん、いや、何でもない。ゲームだもん、そうだよね。何かのフラグなんだもんね」


 主様、と紫黒が声を荒げる。


「また、誰か来るわ。足音が聞こえるこれは……高下駄」

「――我々が認識している神使の中に、下駄などという履物を着用している者はいません」


 断定的な口調で藤黄がそう告げる。業務連絡になるとはきはきと喋るようだ。下駄には心当たりがある。あの気怠げな妖艶美女の神使――そう、もう何度も戦った濡羽。

 紫黒が拳を握り締めた。


「見ていて、主様。リベンジマッチよ。返り討ちにしてやるんだから」

「紫黒サン、自然に俺らを巻き込むの止めてもらっていいッスか? フル強化されていたとしても、アンタじゃ格上の濡羽サンに勝てないでしょ……」

「序列の関係上、それは仕方のない事。けれど、4対1よ? 数の上では有利なんだから、チャンスはある!」


 待って、と藤黄が挙動不審に周囲を見回す。


「まさか、僕も頭数に入ってます!?」


 答えの代わりに、戸が盛大に蹴破られた。

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