28.ダメダメな日(1)
***
「ああ、もう夕方……」
赤く染まる外の景色を見て、ぐったりと花実はそう呟いた。
ゲームだからなのか、色々とあって体感時間が減ったように感じたからなのか一瞬だった。
ブーブーと未だに文句を言い続ける烏羽を宥めすかし、客である白群に気を使い、それでいて問題解決の為にあちらこちらへ駆けずり回る――
まるで現実のような疲れにうんざりしてしまうようだ。現実から離れる為にゲームをやっているのではないのか、と自問自答を何度繰り返したか分からない。
「白群など受け入れるからこうなるのではありませんか? ええ、今からでも瑠璃殿にりりぃすしてはいかがでしょうか」
「うんごめん、横で文句を垂れて私を疲れさせているのは烏羽だからね? 他人事感が凄すぎるでしょ」
「ええ、ええ、この烏羽のせいにしたくなるのも無理はありません」
「当事者意識が低すぎるよ……」
勿論、このような話題を白群の横で繰り広げる程、無神経ではない。烏羽はともかく、少なくとも花実はそうだ。
この白群というのがあまりにも召喚士一行を信用し過ぎているのか、ちょくちょく席を外す。本来あるお仕事の度に抜け、待機命令を出されている白練等の神使に呼ばれればあっさり離れるのだ。
これでは瑠璃に命じられた烏羽の監視は遂行出来ていないように感じるのだが、白群本人は仕事をやり遂げた感を醸し出している。これでいいのか甚だ疑問ではあるが、彼がいない間は烏羽も大人しいので助かっているのも事実だ。
そして今この瞬間も件の青神使がいないので、こういった話題に反応して烏羽に言い返していたという事の次第である。
「――それにしても、何事も無かったね。今までのステージと違って、進行が結構緩やかなのがちょっと怖いなあ。嵐の前の静けさみたいな?」
「ふむ。召喚士殿が感知していないだけで、既に何やら起こっているやもしれませんなあ……。何せ、我々は……ええ、瑠璃にとって客ですので」
「ああー。だから起きた後の事を一応報告はしてくれるけど、積極的に原因を調べろとは言われないのか。意外と細かいんだね。メタ的要素は排除する傾向のあるライターさんなのかな。シナリオを書いてるのって」
ゲームあるある。
NPCからの指示を遵守しているとゲームが進まない。無視して進行させても、主人公は実際には動いておらずイベントをクリアしたかと思えば「待たせてごめん!」などとNPCに声を掛けられる現象。
あくまでプレイヤーがキャラクターを操作するのがメインである以上、ただ黙って待っておけという指示はメタ的な観点から見ても悪手なのかもしれない。
尤も、最近ではそういった「実際には起こっていない事象をプレイヤーにプレイさせる」矛盾シナリオは見かけなくなってきたが。
「召喚士様。ただいま戻りました」
ふらっと現れたのは、監視対象を放置し猩々緋のオーダーに応えていた白群だ。彼は仕事をする気があるのか。青神使のお人好しさは、黒社の弊社ではまるで見掛けないので新鮮さと同時に心配さえ覚える。
「戻って早々申し訳ないのですが、瑠璃様がお呼びです。朝の場所までお連れします」
「ええー、また何か起きたのかな。こんなに色々やってて、こっちはイベントにも遭遇していないのに」
花実の話を聞いていたであろう烏羽が、少しだけ考える素振りを見せる。その後、やや楽し気に唇の端を歪めた。
「ふむ。我々の苦労は徒労に終わったようです。ええ、青藍宮内部の神使の数を数えました」
「えっ、ま、マジ……? 減ってる的な?」
「さて、どうでしょう」
そう言って烏羽は笑っているが、この反応は確実に神使が減っていると思ってよさそうだ。これは嘘ではなく、カウントとしては隠し事。真意を見抜く事はできないが、十分に悪い状況を予想できる烏羽の仕草は称賛に値すると思う。
などと話しながら歩いている内に、朝訪れた部屋へと到着。そしてやはり最後に召集を掛けられているのか、粗方の面子は揃っていた。というか、自分達を除きいないのは一人だけだ。
――白練が……いない……。
彼には青藍宮を案内して貰った思い出があり、なかなかに精神的ダメージが大きい。白練にもう一度会う為にはガチャで引き当てるしかないが、堂々と確率操作が行われているこのゲームで出会うのは難しいだろう。何せ、適応色・黒のプレイヤーは白と相性が悪いと明言されてさえいる。
美しい顔にげんなりとした表情を浮かべた瑠璃は――全員揃ったとそう認識したのだろう。重々しく口を開いた。
「見ての通りよ。白練が消滅したわ。貴方ではないでしょうね、烏羽」
真っ先に疑われた烏羽だったが、それを鼻で笑う。
「勿論、私は一切関与しておりませんとも。ええ、貴方の部下である白群もそう証明するでしょう」
――ここで白群か。でもこの子、結構一緒に行動出来ていなかったよ? 大丈夫? それを正直に言われたら、また揉めるんじゃない?
一方で話を振られた白群はいつも通り。何の負い目も無さそうな態度で、そしてそれは本心である。ここからどんな言葉を繰り出すのか、固唾をのんで見守る。
「瑠璃様。俺も言われた通りに傍にいましたが、不審な行動はありませんでした。また、烏羽が召喚士様から離れた事も一度もありません」
「本当にそうかしら? 烏羽は一瞬で移動できる方法を持っているわ」
「そういった行動も無かったかと。それに……失礼ではありますが、召喚士様は烏羽の手綱をきちんと握り、制御しているように見えます。これ以上の疑いは、召喚士様への疑いと同義だと思いますね……」
――上手い! 第三者の意見として強そう! レスバ力高め!
何を見ていてそういう感想に至ったのか謎ではあるが、プレイヤーを絡めてくるのは上手だ。ここいらでプレイヤーへの邪魔をする理由を無くす、軌道修正力が働いたのかもしれないが。
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