29.ダメダメな日(2)

「……そうね。確かに、わたくしの発言の方が何の根拠もなく偏見も甚だしいわね」


 疲れているのであろう。瑠璃は溜息を吐くと、あっさり烏羽への疑いを取り下げた。今回は白群に助けられた形になる。


 ――しかし、そうなってくると次に目を向けられるのは青藍宮で第二の部外者にあたる猩々緋である。

 彼は前回、問いに一切答えないというエキセントリックな行動を引き起こし、瑠璃が相当問題視している。烏羽が潔白だとすれば、次に矛先が向くのは間違いなく彼だろう。

 当然の如く当然に、花実のざっくりとした予想は的中する。


「そうなると、現状一番不審なのは貴方になるわね。猩々緋」

「……ええ」


 肯定する赤神使を更に瑠璃が糾弾する。


「特に貴方の部屋は白練と近い。貸し部屋は管理を簡単にする為、固めてあったのだもの。わたくしは貴方達に待機を命じていたわ。白練に物理的な距離で最も近いのは貴方よ」

「そうですね」

「……貴方が白練を消滅させたのかしら?」


 猩々緋は――初日からずっとそうだが――誰とも目を合わせる事無く、その赤い相貌は一直線に床へと向けられている。話す気はない、という空気を大胆にも放っているのは精神面があまりにも強すぎると思うのだがはたして。

 が、ここで珍しくその目線を上げ、瑠璃と目が合う。ややあって彼ははっきりとこう言った。


「――答えたくありません」

「はあ?」

「見ての通り、俺は部外者……。都守の命令の最優先は紅緋なので、守るべき規則もまたそちらが優先だ。つまり、赤都の規則に則り、答えるべきではない事は答えません」


 絶句。そんな唖然とした空気が室内に漂う。あまりにも当然のように実家ルールを持ち出されて誰もが困惑しているのである。


 一泊の間をおいて、花実の思考能力が戻る。

 一旦、猩々緋の発言を嚙み砕いて理解してみるが、この発言の中には一片の嘘も含まれていない。

 故に着目すべきは最後の一言。彼は本心から、瑠璃の問いには答える『べきではない』と考えており、更に言い換えるのであれば『答えない方が正しい』とも解釈できるのではないだろうか。


「――えーっと? それはつまり、御前の質問には答えない方が青都の問題解決にとって正しい判断だって事?」


 これで「はい」が嘘ではないのなら、彼なりに問題解決に尽力しているので容疑者候補から一旦外れる事になるが――


「……」

「……えっ、無視……!?」


 とんでもなく嫌われているのか、問いに答える気配がない。業を煮やした瑠璃が花実のした質問と同じ質問を復唱して尋ねたが、結果は同じだった。うんともすんとも言わないと、判断できないので非常に困る。

 そして普通に怪しいのに、不審人物と断定できないのもモヤモヤする。この状況で何も言わないのは意味が分からないし、怪しまれているのにわざわざ自分からもっと怪しい行動を取るのも理解不能だ。


「まあまあ、あのー、あんまり言いたくないのですが……俺、ちょこちょこ猩々緋さんの行動を見ていたので」

「白群……!? 貴方には烏羽の監視をお願いしていたはずなのだけれど」


 ――これはいけない流れ!!

 このままでは夕方までの間、白群がずっと自分達にベタ付きしていたという誤解が解けてしまう。しかし、花実の心中の叫びなど当然届かないので苦笑した白群が状況をきっちりと説明してしまう。


「すみません、召喚士様もいらっしゃったので少しだけ抜けて貸し部屋の方々の注文を聞いていました……」

「色々と言いたい事はあるけれど、それで? 猩々緋を見ていたという事よね?」

「はい。俺が見ている間は、特に不審な行動はありませんでした」


 部下の一人が発言した事により、浅葱と薄花が補足の説明を加える。


「僕と薄花も客室付近に本日はおりましたよ」

「そうね。わたくしの傍にいなくてよいから、客室を見ておくように言っていたもの」

「はい。それで、どちらの神使もいない場合は白群を立たせていたので……申し訳ないのですが、如何せん人手不足で」

「……仕方がないわね。であれば、白群が客間を見ていた以外の時間の保証を貴方達が出来ていれば猩々緋は潔白という事になるわ」

「ええ。因みに僕が見ていた時は皆さま、部屋におりました」


 同じく、と薄花が同調する。


「僕が見ている時も不審な動きはありませんでした。つまり、全員の証言をまとめて客間の神使に不審な時間は無かったという事になります」


 青達の報告会を聞いていた烏羽がそれを一笑する。何を馬鹿な事を言っているんだ、という副音声さえ聞こえてきそうだ。


「では、白練は何もしていないが勝手に消滅したと? ええ、青の中に嘘を述べている者がいるのではありませんか? もしくは、白練殿があまりにも毎日喧しいので、これを機に瑠璃殿に粛清されてしまった可能性も……ええ、否定できませんねえ!」

「瑠璃様への暴言は許さない。烏羽殿、貴方も都守ならばこの状況で冗談を言うべきではないのでは?」


 薄花の指摘に、烏羽が心底つまらなさそうに目を眇める。


「おや、冗談を宣っているのはそちらの方ではありませんか? ええ、このままでは白練が勝手に消滅した事になりますぞ。即ち、証言の中に嘘が混じっているという事です。当然、私は召喚士殿もしくは白群殿と共にいたので白練を殺める時間などありません。ええ。もう少し頭を使って発言をされた方がよろしいかと」

「……それでも、瑠璃様が白練を消滅させる必要性は全くない。月白様への義理立てもある」

「下らないですねえ。ええ、義理などに何の価値があると言うのですか。何の抑止にもならないでしょうとも。感情などという移ろうものを引き合いに出さないで頂きたいものですねえ、ええ。

 ところで――召喚士殿はどう思われますか? この中に大噓つきが一体、混じっているとは思いませぬか?」


 ――急に私に振ってきた!!

 しかし、役立ちそうにない。青は嘘を吐いていないからだ。


「……全員、本当の事を言ってるんじゃないかな……」

「はあ? そんな馬鹿な。大丈夫ですか? ええ、熱でもあるのやもしれませぬ。人間は脆い生き物ですので」

「いや、そもそも結界どうのこうので潜伏してる裏切り者神使が入り込んでいるかもしれないんだよね? なら、そいつが白練を殺害……ってシナリオかと」

「……? 何を仰っているのかまるで分かりません。ええ、いつもの謎の確信でパパっと誰が悪いのか名指ししていただいて結構なのですが」

「誰も悪くないから困ってるんだよね。申し訳ないけど、何も話さない猩々緋しか疑える所がない。ないのに、アリバイがあって違うっぽいから余計に意味不明なんだけど」

「……えー、一度、ログアウトされます? 休んだ方がいいかと。ええ。はい。そも、青の証言がまるっと真実であるかは分からない……いえ、止めましょう。調子が悪いようだ」


 欠片の嘘もない本心で休養を進められてしまった。

 烏羽の気遣い発言という明日の天気は槍が降ると同程度の現象が起きてしまった事により、青神使達から心配されてしまった花実のせいで本日はお開きとなったのだった。

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