27.胃が痛くなる朝礼

 ***


 翌日。


 瑠璃に呼ばれた花実と神使達は再び集められていた。生存者は全員集合しているようだ。


「朝早くにごめんなさいね、召喚士様」

「いえいえ……」


 頭の痛そうな顔をした瑠璃が先にそう述べる。人――というか、神使が既に一人死亡している訳なので致し方ない。

 連日の出来事でお疲れなのか、都守が報告をし始めた。


「昨日の結界の揺らぎについてだけれど……。何者かが侵入した可能性が非常に高いわ。けれど刈安がいないから詳しく調査するのにはまだまだ時間が掛かりそうね。当然、刈安を消滅させたのが何者なのかもわかっていないわ」


 はは、と心底腹の立つ乾いた笑い声を漏らしたのは烏羽だ。第三者である花実ですら相手を煽る意図のある笑い方だと感じたので、当事者の瑠璃については心中をお察しする。


「ええ、ええ。つまり何も分からないと、そういう事ですね? であれば、朝の貴重な時間に我々を集めずともよかったのではありませんか。そこの信頼している部下とやらに言伝でも頼めばよかったものを」


 隠しもせず盛大な溜息を吐いた瑠璃は、烏羽を無視する事に決めたようだ。棘のある言葉には反応せず、その美しい顔をプレイヤーの方へと向ける。


「召喚士様。くれぐれも一人での行動は控えて、ご自分で召喚した神使を傍に置くの。出来れば黒の神使は止めて。薄群青は少し戦闘能力に難があるけれど、浅葱や白群をわたくしから貸し出しても構わないわ」


 苦笑した花実は首を横に振った。


「私には烏羽がいるので。大丈夫」

「裏切りは奴の十八番よ。忘れないで。烏羽のそれは火傷で済むような裏切りでは済まないわ」


 聞き捨てならないですね、と烏羽がおどけたように瑠璃を挑発し始めた。


「そのような物言いは私に失礼ではありませんか。ええ」

「普段の行いを顧みた上でもう一度同じ事を言ってくれるかしら。信用は日々の積み重ねよ」


 ――これは……。


「うーん、瑠璃御前に一本!」

「はい? 召喚士殿は些か緊張感に欠けるかと。ええ、私が貴方様を裏切らずとも、現状があまりよろしくない事態である事に変わりはありませんが?」

「いやごめん、御前の言い分が私から見てもぐうの音も出ない正論過ぎて。つい……」

「ああ、召喚士殿。こんなにも長く共に旅を続けて来たと言うのに、瑠璃殿の味方をすると? ええ、この烏羽、傷ついてしまいました」

「日常的に他人を傷付ける言動を繰り返す人にそう言われてもなあ……」


 烏羽をからかっている間、神妙そうな顔で何かを考え込んでいた瑠璃が不意に言葉を発した。


「――やはり心配だわ。召喚士様、白群を貸し出すわ。薄群青とは対神だし、きっと揉め事も起こさないはずよ」

「おや? おやおや、体よく我々を監視するおつもりですか?」

「そうね。というか、烏羽――貴方を管理したいのよ、わたくしは。実際、主神を裏切り民や土地に被害を与えているのは黒だと聞いているわ。であれば、召喚されているとはいえ貴方が召喚士様を裏切らないという保証もないのではないかしら?」


 珍しく神妙そうな面持ちの烏羽は肩を竦めた。やや諦めの滲んだ顔で、一応の弁解をしてみせる。


「ふむ……。理に適ってはおりますが、我々に牙をむく神使と、召喚士殿に召喚された神使は例え同一個体であっても別個体と称した方が正しいかと。ええ、原理はまあ面倒なので説明しませんが」


 ――これも、紫黒加入あたりからおかしいなとは思ってたけど、烏羽は嘘を吐いてないから事実なのかな。

 紫黒は自分と同じ姿かたちの相手を別個体だとそう言った。それに直接そういう話をされた訳ではないが、黄都にいた藤黄とチケット召喚の藤黄では思考のベクトルが違うような気がする。

 これらの違いはどこから生じているのだろうか。持っている情報量だろうか?


 しかし案の定、ある種のゲーム、メタ的な発言に対し瑠璃は懐疑的な姿勢を取った。当然だ。ゲーム内のキャラではなく、そこに住む生命体の反応としては正しいはずである。


「何を言っているのかまるで分からないわ。そうやって壮大な口から出任せを言ったりするから、信頼を失うのよ。よしんばその話が本当であったとしても、素の性格を鑑みて『面白そうだから』というただそれだけの理由で裏切りそうなのも心配なのよ」

「ええ、言い過ぎでは?」


 ――これは駄目だ、勝ち目がない。

 本当に可哀想ではあるし、今回は嘘も吐いていない様子だが日頃の行いに足を引っ張られて巻き返しは期待できそうにない。強めの正論ストレートパンチに、プレイヤーである花実ですら反論の糸口が掴めそうになかった。

 なのでこれ以上口論がヒートアップする前にプレイヤーは妥協した。


「いや、白群が一緒なくらい別にいいよ……。烏羽もちゃんと私が面倒を見るから、大丈夫」

「いやいやいや。逆ですぞ、召喚士殿。私が貴方の面倒を見ているのです。ええ」

「そっか。じゃあ最後までちゃんと面倒見てね」

「……ええ。はい」

「おっけ。それじゃあ、白群もよろしくね」

「いや、結局受け入れるのですね?」


 白群が一時的に仲間になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る