26.藤黄のお願い

「――話は纏まりましたか? 僕からもお話があるのですが」


 おずおずとそう切り出したのは藤黄だ。途端につまらなさそうな顔をする烏羽を無視し、花実は続きを促す。


「どうしたの?」

「ここで少し、情報共有などした方が……良いかもしれないですよね。ほら、込み入ってきましたから」

「それもそうかも。ミーティングするかあ……」

「なら僕の私室でどうでしょうか?」

「了解」


 とんとん拍子に進む今後の予定だったが、ここでそれまで話の流れを観察していた初期神使その人が癇癪を起こし始めた。


「みーてぃんぐなど不要です。ええ、私に共有すべき情報なぞ無いので! もう行ってよろしいですか?」

「ダメだって。話を振り出しに戻すの止めてもらっていい? 疑われてるの、烏羽は! 私から絶対に離れないで。一人になるなって御前に言われてるし、丁度いいでしょ」

「はは。ええ、召喚士殿が一人が恐いと仰るのであれば同行しましょう。ええ、ええ、私、出来る神使ですので!」

「あー、はいはい。もうそれでいいから単独行動は控えて」


 などと話をしている内に、藤黄の部屋に辿り着く。勝手知ったる調子でカギを開け、中へ。素早い動きで薄群青、薄墨と協力し机の周りに座布団を敷いた。準備が良い。


「主様、好きな場所に、お座りください……」


 薄墨に促され、好きな場所にと言われたはずが誕生日席のような上座に案内されてしまう。

 それぞれが座るなり、紫黒が藤黄に向かって口を開いた。


「それで? 何か提案なり報告なりがあって、ここに招いたんでしょ?」

「はい。えーっと、刈安さん、いたでしょう?」


 今回の第一犠牲者、黄の神使である刈安。まさか職人気質のおじいちゃん枠がこんなにあっさりいなくなるとは思わなかった。


「その刈安さんの、執務室を調べたいんですよねえ……」

「成程?」

「結界について調査をしていたと思うんですよ……。だからその、僕達が、えーっとふらふらとあてもなく歩き回るより、その部屋を調べた方が色々分かるかなって」


 一理あるどころか、恐らく最も安全な方法だろう。刈安の部屋を調べるのであれば、青藍宮から出る必要が無い。当然、外へ出ればその分敵とエンカウントする確率が高くなるので危険度は上がると言える。

 なので花実はその意見をあっさり受け入れた。発言内容に不審な点はない。強いてあげるとすれば、宮内にいる敵対者に気を付けろというだけの事である。


「いいね、それ。でも藤黄一人じゃ危ないから紫黒と薄墨も一緒に行ってあげてよ、ああそれと、勝手に探索したら怒られそうだから瑠璃御前にもちゃんと説明しておいてね」

「分かってくださると思っていました……! 了解です」


 ところで、と薄群青が首を傾げる。


「結構な数の神使が主サンの元から離れる事になるんスけど、大丈夫です?」

「烏羽がいるから平気」


 ふん、と烏羽が上機嫌で鼻を鳴らす。態度に嘘は無い。


「ええ、ええ、そうでしょうとも! この烏羽がおりますれば、そこの雑魚……失礼、か弱い神使共より余程安全と言えるでしょう」


 上機嫌な時でも小うるさい奴だ。

 そんな彼をチラ見した藤黄は、その発言を華麗にスルーして花実へと言葉を投げかけてくる。


「主様。何か分かりましたら、報告します……」

「よろしく。それじゃあ、藤黄も行先が決まったし私も部屋に戻ろうかな。あ、薄群青は御前に話を伝えておいてね!」

「ま、俺が適任ッスよね。青だし」


 こうしてミーティングは恙なく終了し、各々やるべき任務へと戻って行ったのだった。


「――召喚士殿。我々はどういたしますか? ええ、報告待ちでダラダラ過ごすと言うのであればそれでも構いませんが」

「まさか。青藍宮を歩き回ってみようかな。何か見つかるかもしれないし」

「はあ、私、これでも都守なのですが? それをこのように連れ回して……。贅の極みと言うものです、ええ」

「はいはい、それじゃあ行こうか。足を動かしてね、足を」


 ***


 特に収穫が無いまま、夜時間に切り替わった。

 青勢はともかく、それ以外の面子は場の混乱を避ける為にあまり自室から出てきておらず、こちらから聞き込みを行えば答えてはくれるが大した情報は無かった。

 件の猩々緋に至っては部屋から出たくないときっぱり言われてしまい、顔すら合わせていない。その時間帯、部屋にいたという要らん情報だけは手に入ったが。


「うーん、吃驚する程何もなかったな。外に出ないといけないのか……? フラグを建て忘れてる感じあるなあ」

「召喚士殿。いつまでこの烏羽を連れているおつもりですか?」

「一人にならない方が良いって瑠璃に言われてるから、今日はこのままかな」

「ええ?」

「私から離れちゃダメ。疑われてるんだから。それに、私が危ない!」

「おや、お一人では大層非力ですねえ。ええ、驚きです」


 最近、随分と烏羽が懐いてきたような気がする。軽口は最初に出会った時から何一つ変わらないし、あり得ないくらい底意地の悪い事を言ったり、とんでもなく気が狂っているとしか思えない行動を取る事も勿論ある。あるが、時折見せる危険思想が滲み出ているような恐ろしい表情をあまり見なくなった。

 これはほぼ確信に近い憶測なのだが、きっと烏羽には友達がいないと思う。現実世界なら絶対に関わり合いになってはいけないタイプだし。


「烏羽、隣の大き目の部屋使っていいよ。私は普通に寝室にいるから」

「……危機感が無いので? ええ、寝込みを襲われるかもしれませんぞ」

「ゲームだしなあ……。寝込みじゃなくても烏羽に襲い掛かって来られたら終わるんだわ。体格差エグ過ぎ」

「ま、それもそうですね。ええ、召喚士殿の命は我が手の上に……という事ですねえ」

「はいはい」


 ――夜時間を一旦終わらせて、翌日にした方が良いかな。夜間は何も進展しなさそう、っていうかもう部屋に戻っちゃったし。仕切り直しって事で。

 今後の予定について考えを巡らせながら寝室へ。戸を閉めて、布団に入り寝るポーズだけを実行した。

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