25.瑠璃からの用事(5)

「――一先ず、刈安サンの直前報告の内容を共有した方が良いんじゃないスか?」


 微妙な空気の中、不意に薄群青がそう零した。

 それもそうね、と瑠璃が頷く。


「前提として――召喚士様がいらっしゃる数日前、結界が揺らいだと刈安から申告があったのよ。それで、ずうっと調査をしていたという訳。結界に異常が起こった当日は白群が現場を見に行っていたはずだよ」


 はい、と白群が主人の言葉を肯定する。


「現場では特に何も見つけられませんでした。当然、結界に穴が空いた様子もありません。が、俺はそういった事の専門的な知識は持たないので……絶対に何も無かったのだと断言はできかねますが」

「そうね。貴方がそう報告をしたから、刈安はここ数日結界に関する調査を行っていたのだもの」


 話の整合性は取れているようで、白群の報告に関して瑠璃が懐疑的な発言をする事は無かった。そして、部外者である花実もまた、彼の報告に嘘偽りがないと理解できている。

 ここで断言してこなかったところも、個人的にはポイントが高いと評価したい。分からない事があるくせに断言する人間と言うのは悪気の無い嘘と同義だ。こちらとしても「これは嘘だ」と認識してしまうのでなお質が悪い。思考のノイズになる。

 それに――嘘を吐き慣れている者というのは、断定的な口調を使いがちだ。相手を騙すという確固たる意志があるので、自然とそういう口調になる。自信満々に振る舞っていれば、それが真実に見えてしまうものだと知っているからだ。


「という事は……結界の異常がすぐに見つからない程巧妙に、内部に敵が侵入したって事になるのかな」

「おや、召喚士殿。まさか、白群の言葉を一から十まで全て信じるおつもりで? ええ、何故、貴方様ともあろうお方が一方に肩入れするのか。奴が虚偽の報告をしている可能性もございますぞ」


 にやにやと愉しげな烏羽に嘘は無い。

 ――この感じ、ちょっと不穏なんだよね……。誰も嘘を吐いてないのはどうして?

 不安を煽られる。彼の発言が真っ赤なウソであれば、いつも通りのからかいだと受け止めるのだが――今回のそれは、やんわりと軌道修正されているような気配を感じる。そっちではないぞ、止めた方が良いとそう言うような。


「烏羽――」


 真意を問い質そうとしたがしかし、それは遮られる事となった。

 というのも、瑠璃が優雅さとは程遠い挙動で、身体を反転させ外を見たからだ。バタバタと慌てた様子に青勢の神使達もまた困惑を露わにする。やがて瑠璃が重々しく口を開いた。


「結界に……これはもう揺らぐという言葉は相応しくないわね。結界に、穴が空けられたのを察知したわ。汚泥の侵入もあり得るくらいの大穴よ」


 それ即ち、汚泥ではなく意思を持ったもっと危険な何者かが青都に侵入したという事に他ならない。花実でさえそれを理解しているのだ。神使達は更に険しい表情を浮かべている。

 この場にいる全員に事の重大性が浸透する頃、硬い口調で瑠璃が次なる指示を出す。


「浅葱、白群。すぐに様子を見に行って。相手が紳士の裏切り者だという可能性もあるわ。交戦する事になったら、状況を見て撤退する事も視野に入れなさい。必ず現場の情報を持ち帰ってくるように」

「承知いたしました」


 緊急の仕事である事を当然分かっているのか、短く応答した浅葱と白群がすぐさま行動を開始。挨拶も交わす事無く、部屋から飛び出して行った。いつ見ても人間の身体能力ではない。

 そうして次に瑠璃から指示を受ける事となったのは、客である召喚士一行。というより花実だった。


「召喚士様。申し訳ないのだけれど、一度部屋へ戻ってくださる? 危ないから、青藍宮の外には出ないで」

「わ、分かりました」

「薄群青。召喚士様が迷子になってしまうかもしれないわ。お部屋までご案内して差し上げて」

「はい。了解ッス」


 さあ、と急かされて部屋を出て行く直前。

 ふと視線を感じた花実は背後を見やった。


「……」


 猩々緋と目が合う。何とも複雑でいながら、それでいて何を考えているのか判断に困るような、そんな表情だった。


「召喚士様? 後ろが詰まっております。ええ、早く退室していただいても?」

「あ、ごめん」


 烏羽に背中を押され、終ぞ猩々緋がこっちをじっとりと見ていた理由は分からず仕舞いだった。

 ただ一つ分かる事と言えば――まず間違いなく、あの赤い相貌はプレイヤーを捉えていたという、それだけの事実である。


「主サン、これからどうします? 部屋に戻れとは言われましたけど、一人にならない方が良いッスわ」


 薄群青にそう声を掛けられて我に返る。

 そうだった。最近、時々忘れてしまうのだがこれはゲーム。そしてそのシナリオ。大人しく部屋でじっとしていました、では話が進まないのである。

 それにプレイヤー死亡でゲームオーバーになるらしいので、出来るだけそれらを回避する行動が必要だ。

 なんて考えているのに対し、水を差すような口調で烏羽が言葉を発する。


「ふむ、もう飽きたので部屋に帰りたいのですが」

「飽きるの早くないッスか? あー、主サン!」


 チクリと文句を言いはしたものの、それ以上の手は加えたくないのか薄群青に指示を求められる。当然、プレイヤーは初期神使の我儘を即切り捨てた。


「いや駄目でしょ。烏羽、我が家で一番疑われてるよ? 単独行動とか正気じゃないじゃん、私と一緒にいるの!」

「その疑われている、というのがまずもっておかしな話ではありませんか? ええ、この烏羽、結界云々の揉め事に関してはまったく関係が無いのですが! こんなもの、差別ですよ、差別」

「お黙り! 残念だけど、日頃の行いのせいだよ!」


 駄々を捏ねられたが、勿論却下。行いの大事さを痛感する今日この頃である。

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