24.瑠璃からの用事(4)
「――まあ、いいわ。猩々緋、貴方は何をしていたの?」
瑠璃の質問がそれまでずっと無言だった猩々緋へと向けられる。赤である彼は外から正式な手続きを踏んで青都に招かれた神使だ。
それを分かっているからか、はは、と烏羽が乾いた笑い声を上げる。
「おや? ご自分の下僕しか庇わないので?」
「……猩々緋は外から来た神使。青ではないわ。であれば即ち、青都の都守であるわたくしの命よりも優先すべき命が存在しているかもしれない」
赤の都守・紅緋の事だろうか。確かに猩々緋が赤の神使である以上、瑠璃と紅緋の命令が相反する場合には紅緋の命令を優先するのかもしれない。そのあたりの優先度はハッキリと提示された訳ではないので断言はできかねるが。
軽く口論を繰り広げる瑠璃と烏羽を尻目に、しかし猩々緋は相変わらずの仏頂面で固く唇を引き結んでいる。言葉を発する意思がないように感じられる程だ。
やがて烏羽の玩具は瑠璃から、絶好のターゲットである猩々緋へと移り変わる。黙り込んでいる彼を見て、底意地の悪い笑みを浮かべた初期神使が茶々を入れ始めたのだ。
「ところで猩々緋殿? 先程から随分と静かですが、瑠璃殿の問い掛けに答えられないので?」
「……」
何でお前がそんな事を聞いてくるんだ? そういう表情に見える猩々緋はしかし、それでもなお口を噤んでいる。からかっておきながら、流石の烏羽も困惑を一瞬だけその顔に浮かべた。
「うん? 黙り込むのは得策ではないのでは? ええ、やましい事があったとして正直に告白するか、または嘘でも何でも吐くのがよろしいでしょう。どういったご立場なのかは分かりかねますが!」
――烏羽、もしかして猩々緋がどういう立場なのか分かってるの?
最後だけが嘘だった。前半は嘘偽りなく、本当に何故そういう態度を頑なに取ろうとするのか理解に苦しんでいる様子。
「ちょっと? 何か言いなさいよ、どうして黙っているの?」
事の成り行きを見守っていた瑠璃でさえ困惑し始めた頃、薄群青がひそひそと花実に話しかけてきた。
「こんな調子ですけど、どう思います?」
「どうも何も……全く、何も分からないけど……」
「分からない? え、本当に分からないんですか?」
「うん……」
今度は花実自身が薄群青に怪訝そうな顔をされてしまった。
当然、猩々緋が何かしら答えを示さない限り、真偽の程を見抜くこの特技も意味をなさない。発言がそもそも無いのだから。
しかもどうやら猩々緋に嫌われているようなので話しかけ辛い。
そして時間制限でもあるのだろうか。都守である瑠璃が目に見えて苛々し始めている。それもそうだろう、刈安が死亡しているし、何よりこれは無駄な時間でしかない。
また、烏羽も珍しく真面目な顔で何か考える素振りを見せている。彼は場にいる神使の持つ役割を全て理解しているのだろうか。少なくとも猩々緋については何か知っていて、そして黙っているようだ。
瑠璃のいらつきが最高潮に達したようだ。とうとう都守が声を荒げる。
「猩々緋。いい加減になさいな。昨日の夕方、何をしていたのか今すぐに答えなさい。さもなければ――」
「お待ちください」
ストップを掛けたのは意外にも白群だった。それまでずっと発言を控えていたので、いるのも忘れていた。
「何……?」
瑠璃の鋭い視線が件の白群へと向けられる。都守配下である彼は肩を竦めて首を横に振った。
「いやあの、俺もどうして猩々緋殿が黙っているのか知らないんですけど……。一応、夕方頃に部屋付近で会いました。時間と状況的に、刈安殿をどうこうするのは無理なんじゃないかと思います」
「……本当でしょうね? 何故、今まで黙っていたの?」
「いや、猩々緋殿に回答を求めているのに、俺が横からすぐに口を挟んだらそれはそれで変でしょう」
「――そうね。何故か猩々緋が一言も話さないから、貴方に当たってしまったわ。ごめんなさいね」
証言に嘘は無い。
ただ――この証言、鵜吞みにしてもいいのだろうか。白群はともかく、たったこれだけの事に対して口を噤んだ猩々緋の意図が一切分からない。
そんな赤の神使はと言うと床を見つめて最早誰とも視線を合わせないようにしている。助けてくれたはずの白群への礼も当然なく、どういうつもりなのかさっぱり理解ができない。
しかし、今、白群を灰梅のように操って証言させられる神使はいるのだろうか。先日の一件で洗脳に長けた神使である濡羽を葬った。加えて、あの場では階級の高そうな黒神使を何体か倒しているし、今の黒勢に薄色でもない白群を良いように操る胆力や人手があるとは思えない。
色々と引っ掛かる点はあるが、一先ず白群の証言を信用した方がいいのかもしれない。猩々緋の方も白菫達のように人質等を取られており、発言を一切禁じられていたりまあ、事情があるのだろう。
刈安が残した結界騒動により、黒が入り込んだであろうフラグも立っている。過去の経験から味方の神使は減らさないのが吉であると学んだし、平和的な方向で話を進めなければ。
諸々を鑑み、花実は白群の意見に同調する姿勢を見せた。
「白群もこう言っているし、仲間内を疑うのは止めない? 結界に何か異常があったんだよね。なら、その時に悪意のある誰かが入り込んだのかもしれないし」
「本当にそれでよいのですね、召喚士殿。ええ、ちょっとその……珍しくあまりよろしくない話の方向のように感じられます」
「え、マジか。どの辺が?」
「さあ、どの辺でしょうかね……」
烏羽に苦言を呈されてしまい、目を白黒させる。更に質が悪い事に、発言の内容に嘘が無い。
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