22.瑠璃からの用事(2)

 ***


 浅葱に案内され、大広間らしき部屋に通された。本来ならば宴会等に使われるようなだだっ広い畳の部屋だ。畳特有の安心するような匂いで満ちている。


 そんな爽やかな日本家屋の一室みたいな場所だが、空気は最悪の一言に尽きた。花実自身が連れてきてしまったので仕方が無いが、黒神使勢。全員が気怠そうな空気を隠そうともしない。紫黒もあれはあれで黒なので爽やかな青神使と並べると、ああやっぱり黒なんだなという感想以外に抱きようがなかった。

 当然最も酷いのは烏羽だ。奴の機嫌は乙女心よりもなお移り変わりが激しい。呼びつけられた時間帯も朝と、彼の活動時間には向いていなさそうな時間帯。全てが揃った今、ピリピリとした空気を放っているのは単純に息苦しい。


 一方で既に事情を知っているのであろう青藍宮の神使達はと言うと思い思いに瑠璃を待っているようだった。青直系の神使達は連絡をヒソヒソと取り合い、外からの派遣である猩々緋は単独で部屋の隅に突っ立っている。

 また薄群青は意外にも瑠璃達の勢力からは身を離し、紫黒の隣でぼんやり瑠璃の登場を待っているのが見て取れた。彼はこっち側にいていいのだろうか? 疑問である。


 さて、ここまでで分かった事がある。

 瑠璃は今はまだいない。青神使達が呼びに行くなどと話している事から、準備があるのだろう。

 ただ――刈安はどこへ行った?

 この場にいない。瑠璃と打ち合わせを行っているのだろうか? 十中八九、昨日言っていた結界の件だと思われるので恐らくそれで正解だろうが。


 ――と、不意に件の瑠璃……のみが入室してきた。立って動いている姿が抜群に美しいが、それは今は良い。彼女はその美貌に怒りの表情を滲ませており、声を掛けるのも憚られる程の威圧感を身にまとっている。

 自然、背筋を伸ばすと瑠璃が上座に腰を下ろした事により室内が静寂に包まれた。誰もが朝から全員を集め、あまつさえ激怒している瑠璃の一挙手一投足を注視している。


「静かに。召喚士様、朝から足を運んでいただいてありがとう。本来は不敬にあたるのだけれど、由々しき事態なの。許して頂戴ね」

「あ、はあ……。えぇっと、何が起きたんでしょうか?」


 途端、瑠璃が表情を曇らせた。しかしはっきりと事の概要を口にする。


「――刈安が消滅したわ。召喚士様にも分かりやすく言葉にすると、何者かに殺害されたという事よ」

「あー、マジか……」


 そりゃいない訳だな、と納得してしまう。であれば犯人探しか、或いは犯人は分かっていて注意喚起に呼び出されたのか。瑠璃の表情からして、前者のような気がしてならない。


「誰が刈安を消滅させたのかはまだ分かっていないわ。ただ――はっきり言って、わたくしは烏羽を疑っているの。分かるわね?」


 その問いは烏羽へ向けられたものだ。信用が初手から地の底でいっそ笑えてくる。

 名指しされた烏羽はと言うとそれを鼻で笑った。


「はい? 何故そのように突拍子のない話になったのです? ええ、根拠を聞きたいのですが」

「ここ青都に、黒の神使はいない。であれば外から来た貴方が怪しいのは自明の理というものだわ。だってわたくし達だけが青都にいた時は、このような事件など起こっていないのだから」

「成程。驚く程浅はかで驚きが隠せませんな。ええ、そりゃあ、近々召喚士一行という名の部外者が青都に訪れるのであればその機を狙って事を起こすでしょうとも。何せ、部外者に全ての罪を擦り付ける事も可能ですしねえ……」

「では貴方の他に誰がわざわざ同胞を殺すと言うのかしら。見ての通り、青都は大半が青神使で構成されていて汚泥侵略前から入れ替わった人材はいないわ。猩々緋もずっと前からこの青都で働いてくれているもの」


 話は当然平行線を辿る。すぐさま瑠璃と烏羽の目が花実へと向けられた。第三者であり、主神の代理として存在するプレイヤーへとだ。


「召喚士様。貴方様を疑う訳ではないけれど、烏羽は狡猾な神使。主人の目を欺いて刈安を闇に葬る事など造作もないわ。騙されないで。星の数程もいる神使の中で、烏羽を使う必要性はない。口車に乗せられては駄目よ」

「おや、それでは私が刈安殺害の裏切り者という事になってしまいますね。ええ、証拠も何もないのに随分と強気な事で。瑠璃殿の短絡的思考には閉口してしまいますな」


 口喧嘩を始める都守達を前にし、花実は口を開いた。まず最初に確認しなければならない事がある。


「――えっと? それで烏羽は、刈安を消滅させたりはしていないんだよね?」


 瑠璃の言葉を烏羽がまだはっきりと否定していない。結局、真偽の程を測れる決定的な一言が無ければ議論がまず始まらないし、誰をフォローすればいいのかも分からないのである。

 非常にわざとらしい泣き真似を惜しげもなく披露した烏羽はようやく花実の問いに明確な答えを示した。


「ああ、酷いです召喚士殿。この烏羽を疑っておいでですか? ええ、ええ、そうやって連れない態度を取られるのはいつもの事とはいえ、傷ついてしまうではありませんか!」

「……」

「私、刈安殿を消滅させたりなどはしていませぬ。というかそもそも、存在すら今初めて知ったのですが。ええ、よくも私がそのように乱暴な事をしたと断定できましたねえ、瑠璃殿?」


 ――うん、やっぱり嘘じゃないみたい。

 刈安と会っていないのも事実だ。どうやら性格の問題だけで瑠璃に疑われていたらしい。残念だが瑠璃の気持ちも分からなくはない。烏羽はあからさまに暗躍向きの性格が過ぎる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る