21.瑠璃からの用事(1)
***
白練から自室のある区画まで送り届けてもらった花実は、今日あった事をぼんやりと考えながら廊下を進む。
散歩はしたが正直、青藍宮の構造は覚えられそうにない。辛うじて自室のある廊下まで送って貰えたら、部屋には戻れるが中庭から部屋に戻ろうと思ったらまず無理だろう。一人になったら迷子は間違いないので、神使の誰かとは行動した方がよさそうだ。馬鹿みたいな詰み方はしたくない。
「――召喚士殿ぉ……!」
「ひっ!?」
床ばかりを見つめていたので反応が一瞬遅れた。
久しぶりに聞くねっとりボイスに驚いて顔を上げると、目と鼻の先に烏羽がぬっと立っていた。成人タイプの神使は体格が良すぎる。ぬりかべかと思った。
というか、さっきまで烏羽のような巨躯の誰かはいなかったはずだ。どこから湧いて出てきたと言うのか。いよいよホラーじみてきたようだ。しかし恐らくはゲームの処理落ちだろうけれど。
「ど、どうしたの烏羽」
「どうしたの、ではありませぬ! ええ、この烏羽を長らく放置して、召喚士殿の方こそどうかされたので? ええ、ええ、このような不当な扱い、断じて許せません」
――全文嘘である。
ちょっとした脅かしのつもりなのだろう。嘘であるかを抜きにしても、怒り心頭という様子でもない。肩の力を瞬時に抜いた花実は肩を竦めて首を横に振った。
「宮を散歩してたんだよ。なに? 一緒に散歩したかったの?」
「成程。ええ、信じられない程つまらなさそうなので、結構です」
「でしょ?」
「ですが! この都守たる烏羽をぞんざいに扱うなど正気ですか!? ええ、通常の人間ならば腕と足を切り落として玄関飾りにしている所です」
「ええ……。悪趣味だし、そんなの玄関に置いてたら床が汚れるでしょ、アホなのかな……。それより、部屋に入れないからどいて!」
「ああ、何たる仕打ち! この烏羽、涙が止まりませぬ」
「鏡を見てほしい。一滴も涙流れてないよ? じゃ、邪魔過ぎる……。しかもそんなされても全然かわいくないのが凄い……」
このウザい絡みはこの後、数分続いた。
***
青都編に入ってからゲーム内時間で1日が経過した。
この間、一度ログアウトなども挟んだが無事ゲームに復帰。新しい1日の開始である。
「うわ、高そうなタオル……いや、手拭いとか呼ぶのかな……」
浅い知識であらかじめ設置されているタオルらしき布などを見やる。
青藍宮はまさに高級和風ホテルのようなもので、ゲーム内だから使わないのだけれどホテルとして必要な物は完備されているようだ。現実にあれば行ってみたいが、学生のバイトで稼いだ金程度では到底無理な話だろう。
結論、信じられない程快適であろう空間。
流石の青神使である。薄群青からはあまり感じ取れなかったが、正統派の陽キャ集団。接客が得意そうなのもポイント高めだ。
そんな青都だが、山吹からの新情報が届くまでは滞在予定となっている。羽休め、みたいな導入ではあったが何も起こらないはずもないので単独行動は控えたい所。
再三言うようだがゲームオーバーにはペナルティがあるらしいし、何より没入型RPGを謳っているのだ。死に方がリアルだったらきつい。いろいろと。なので生存意欲は持って、現実っぽくプレイを楽しみたいものだ。
――不意に戸が静かに叩かれた。
「召喚士様。おはようございます、浅葱です」
昨日、瑠璃の護衛として執務室付近で紹介された青神使だ。
「はーい。どうしたの?」
警戒心もなく開けると、それが問題だったのかイケメンフェイスに苦笑されてしまった。が、特に咎められる事無く浅葱が要件を述べる。
「朝早くにすみません。その、実は……瑠璃様が呼んでいまして。僕に付いてきていただけますか?」
「それはいいけど、今すぐに?」
「はい。……都合が悪いという事でしたら、その旨を瑠璃様に伝えますが、どうします? 一応、宮にいる全員に声をかけているのであまり要望に沿えないかもしれないですけど、ね」
「全員? そうなんだ、えーっと、じゃあ行こうかな」
「ご理解いただけて何よりです」
これは何かトラブルが起きたな、と瞬時に悟った花実は浅葱と共に廊下へと出た。幸い、ゲームなので急にお出掛けを宣言されても何ら問題は無いのである。
案内してくれる浅葱の後ろを歩きながら問い掛けてみた。
「そういえば、瑠璃御前の用事って何?」
「うーん、勝手に僕の口から説明するわけには……。すみません、直接聞いていただけませんか?」
「ああうん、言い辛い事を聞いちゃってごめんね」
ちらっと振り返ったイケメンフェイスは申し訳なさそうに目じりを下げて、小さく会釈した。これは富豪のお姉さま方もメロメロだろう。稼ぎ頭になる予感がして、花実はちょっと微笑んだ。美男美女が揃っているゲームはいいものだ。しみじみそう思う。
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