20.青都勤務の皆さま(3)

 ***


「――猩々緋はどんな神使なの?」


 青神使の2人組と別れ、廊下を歩きながら花実はそう尋ねた。前を歩く白練が陽気に応じてくれる。


「赤色の神使です! 少し不愛想な所がありますが、真面目で変な所で面白い奴ですね!!」

「人物像、全然分からない……。薄墨は? 何か知らないの?」


 考える素振りを見せた彼女は、ややあって首を横に振った。


「ほとんど、話したことが……ない」

「ありゃ、そうなんだ。ま、会ってみてからのお楽しみかな」


 この時はまだ楽観していた。まさか、刈安以上に取っ付きにくい人物は出て来ないだろうと高を括っていたのだ。

 そしてその予想は大きく外れる事となる。


 浅葱の情報通り、中庭が見える通路へ移動してきた。明らかに見た事のない神使が正面から歩いてきていたので、思わぬタイミングで『猩々緋』らしき神使と邂逅を果たす事となる。最初に人影に気付いたのは白練で、それとほとんど同じく猩々緋も花実達に気付いた様子だった。


「丁度いい所に! 猩々緋、少し付き合ってくれ」

「ああ? ……なんだよ」


 柄も悪くそう言った彼は苛烈な赤色の男性だった。長い髪を一つに縛り上げている。聞いていた通りニコリともしない仏頂面は確かに愛想の欠片も無さそうだ。分かりやすく面倒くさそうな顔をしている猩々緋などものともせず白練が要件をグイグイと前へ進める。


「青都に来られた、召喚士様だ! 宮内の神使と顔合わせしたいと仰られているので、お連れした!」

「ああ? あー……都守が言ってた……」

「そうだ!」


 切れ長の瞳が花実をチラ、と一瞥する。あまり歓迎されていないのが見て取れた。目が合った彼がぽつりと呟く。


「――どうも」

「あ、こんにちは……」


 沈黙。

 耳が痛くなる程の不自然な沈黙が廊下に満ちた。あんまりにも短いやり取りだったせいか、白練も困惑した様子を見せている。


「うん? 流石に不愛想過ぎるだろう、挨拶くらいちゃんとした方がいいぞ!」

「……ああ」


 ――沈黙、二度目。

 駄目だこういう手合いの心を開かせるようなトーク力は自分にはない。後はもう、互いが不快にならないよう身を引く程度のコミュ力しかないのである。

 何か気の利いた事を言った方がいいと考えていると、小さく溜息を吐いた猩々緋が先に言葉を発した。


「おい、もういいか」

「良くはないが……何だ、急いでいるのか?」

「まあ……」


 嘘である。

 急いでいるという事実は無さそうだ。嫌われ過ぎているのを理解してしまったので、花実は痛む胃を抑えながらフォローした。長時間、一緒にいると心が疲れそうだし。


「ああー、いいよいいよ。急いでるらしいし、引き止めちゃ悪いから」


 またも猩々緋と目が合う。すぐに逸らされた。若干、バツが悪そうに見えるが果たして。


「悪いな」


 今度の一言は別に嘘は微塵も無い。表情にも嘘は無かったので本当に多少なり申し訳ないとは思っている様子だ。よく分からない性格である。

 しかし――まあ驚く程話さないので、嘘を吐くタイプの性格なのか或いはやむを得ぬ事情があって不愉快に思われても仕方のない態度を取っているのかは分からない。何気に言葉を話さない人物には手を焼くのである。


 どういう事かを考えている内に猩々緋は花実の横を通り抜け、足早に廊下を歩き去ってしまった。

 その背中を見送った白練が本当に困惑したと言わんばかりの表情で首を傾げる。


「何だ、腹でも痛かったのか? すみません、召喚士様。いつもはもう少しマシなのですが……。虫の居所が悪かったのでしょうか? あまり、人に八つ当たりするような性格でも無さそうだったのに」

「さあ……。本人が全然話さないから何とも。もしかして、烏羽と何かあったりする?」

「そのような話は聞いた事がありません!」


 謎は深まるばかりである。薄墨が不意に尋ねた。


「普段は、どんな……感じなの?」

「赤は苛烈な神使が多いが、奴も冷静沈着な気質の中に気性の激しい一面を持つな。あと戦闘型の神使だから、毎日の鍛錬も欠かさない努力家だぞ!」

「ふぅん……。赤って、主神に反抗的、だったっけ?」

「黒は他色と交流が無さすぎるんじゃないか? 赤、赤は……主神の命には従うぞ! やり方を間違えて、結果違反になる事は多々あるが!」

「おバカ……」


 赤で覚えているのは薄桜と灰梅くらいなものだ。都守に至っては名前すら聞いた事がない。でも確かに薄桜はあの小さな身体で烏羽に喧嘩を吹っかけてきたし、灰梅もおっとりしてはいるが襲い掛かって来た時は普通に恐ろしかった。

 が、やはり社に赤が一人もいないので判断は出来かねる。寒色しか引けない呪いにでも掛かっていそうなので、藤黄のように配布チケットを配ってはくれないか。アカウント毎に確率が異なるなんてそんなの――


「召喚士様!」

「あ、なに?」

「一応、青都の神使はこれで全部ですが、今からどうされますか? 人間は身体が脆いので、そろそろ休まれた方がいいかもしれませんね!」

「いやゲームだから。疲れてるのは頭と眼球だけだし……。でも、一旦部屋に帰りたいかな。どうやって帰ればいいのか分からないけど」

「案内致します! さあ、こちらです!」


 こうして第一回宮内ツアーならぬ、顔合わせ会は幕を下ろしたのだった。

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