15.宮内の探索と人捜し(2)

 薄墨は花実の一歩後ろを付いてきている。

 歩き方とは人それぞれの不思議なもので、案外一緒に歩いてみると相手が自分をどう思っているのか分かったりするものである。


 例えば薄墨や薄群青。この両名は基本的にプレイヤーの一歩後ろを歩く傾向にある。なお、薄群青は最近気安くなってきたせいか隣に立っていたり、危険な場所では前に立つ事もあるが。

 紫黒は隣に並ぶ事が多い。

 烏羽は立ち位置がバラバラだ。その時折で、一概には言えないが彼はプレイヤーよりも前を歩く確率が他の神使よりも格段に多いと言える。


 そんな訳で、まだ出会って間もない薄墨は基本的に花実に遠慮しているようだった。薄色シリーズはプレイヤーを立てる性格の持ち主が多いのだろうか。色の違いで性格にも偏りがあるようだが、二重三重の要素で性格が決められているのかもしれない。


「――薄墨は、ずっと私の部屋の近くにいたの?」


 会話があまりにも無いので思わずそう問いかける。返事の内容はどうだって構わない。沈黙が苦痛なだけだった。

 ややあってその薄墨が小さな口を開く。


「いえ……。少し前までは紫黒が……わたしの代わりに立ってた」

「えっ!? もしかして、交代で見張りとかしてるの? 別にいいのに」

「そういう訳にはいかないから……。大兄様にお叱りを受けてしまう……」

「烏羽はそんな事、いちいち気にしないと思うけどね」

「自分の思い通りに行かない時……大兄様はとても、不機嫌になってしまう……」

「うーん、まったく否定できないかな。それは」


 驚く程想像に難くないので、思わず苦笑してしまう。分かり辛いようで、実は分かりやすい一面も持つのが烏羽という神使である。

 というか――そうだ、薄墨にはたくさん聞きたい事があった。今がチャンスだ。


「そういえば、薄墨は烏羽からあんまり嫌味を言われたりしてるのを見た事がないなあ。仲良しなの?」


 問いに対し、薄墨は胡乱げな表情を浮かべた。何とも言えない、とはっきり顔に書いてあるようだ。


「わたしは……黒系神使の末っ子だから……。大兄様に限らず、わたしに対して……みんなあまり強く当たらないだけ……」

「そうなのかな? あ、濡羽は? 濡羽も烏羽と仲良さそうじゃない? 名前も似てるし」

「姉様は……とても要領がいい……。大兄様にお叱りを受けるような事を、そもそもしないから」


 ――そうかもしれない。というか、恐らくそうだ。

 烏羽は紫黒に当たりが強いが、紫黒は割と黒っぽくない性格をしている上にたまにドジな所がある。そういう一面が、烏羽にキツめに当たられる理由なのだろうか?

 何にせよ現実に烏羽のような上司がいたら、きっと自分はその組織をすぐに離れるだろう。普通にそう思う。


「――あれ? 主様と薄墨さん。こんにちは、お散歩ですか?」


 声をかけられて顔を上げると藤黄が正面から歩いてきていた。ただ、その挙動は若干不審だ。周囲をきょろきょろと見回して何かを探しているような、単純に道に迷っているかのような印象を受ける。


「私達は宮の散歩をして――」

「いえ……主様と散歩など、恐れ多い。私は……主様の護衛を、して、いるわ」


 ――ええ!? とてもつれない態度っていうか、凄い距離感!!

 花実が目を白黒させていると、藤黄は得心したように頷いた。何だかこちらの反応はスルーされてしまったので、肩を竦めて逆に藤黄に質問してみる。


「藤黄は? 何してたの? なんか、キョロキョロしてたけど」

「え、あ、あー……。僕、目立ってましたかね?」

「うーん、怪しい人って感じかな」

「そうですか……。気を付けます。えーと、実は青都の黄系神使を捜していまして。挨拶をしておこうかな、と……」

「そういうのがあるんだ。ふーん、私も会ってないなあ、黄色。誰かに聞いた方が早いんじゃない? 宮、かなり広いみたいだし」


 ここで藤黄は困ったように眉根を寄せた。


「ええ……。でも、知らない人に話しかけるの、恐いじゃないですか」

「人見知りするんだったっけ? 仕方ないな、私達も散歩中だし、一緒に捜してあげるよ。まあ私は誰かに会ったら、神使の場所をすぐ聞くけどね」

「ありがとうございます……!!」


 とても感謝された。本当に知らない人物に話しかける事に抵抗があるらしい。

 気を取り直して、歩を進める。


「――人、いなさすぎない?」


 ただ歩いていて気付いた事がある。そう、本当に誰とも遭遇しないのだ。外で出待ちしていた薄墨はともかく、藤黄に出会えたのは奇跡だったのかと思う程である。

 そんな花実の呟きに対して藤黄が首を縦に振る。


「青藍宮に限らず、都守の拠点はあまり神使が配置されていない他、人間も当然入れない領域ですからね。例外として、黄都は有事以外には神使が詰めていますが」

「そうなんだ。不用心だなあ」

「いえいえ、宮の下には輪力抑制の為に、眠りについている神使が多くいますし……」

「そうだったっけ? えーと、トラブルが起きた時以外は、封印みたいなのがあるんだったっけ」

「ええ、はい」

「なんで今、それを起こさないの?」


 ここで藤黄は渋い顔をし、言い淀んだ。代わりに薄墨が説明を引き継ぐ。


「主神が応答しない……から。わたし達神使に、同じ神使を起こす術は、ないよ。だから、主様が……召喚士としてここに呼ばれたの。あなたの使う召喚術でしか、眠っている神使を起動状態には、できない」

「ああ、だから私、主神代理とかいう呼ばれ方もするんだ。納得」


 ここで主神のせいに出来てしまうところが、黒系たる所以か。藤黄は苦笑しており、この話題にはノータッチらしい。

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