08.2人目の主人(2)

 花実の様子を見つつ、薄群青が平坦な声で話を続ける。


「――だけど、都守を入手して浮かれてた召喚士サンは烏羽サンの願いを何でも叶えてあげたッス。なんか、イベント? かもしれないとか言ってたかな」

「イベント回収に必要な我が儘だとプレイヤーが考えたって事? うーん、まあ分かる」

「そうなんスか? 召喚士サンって変わった人が多いッスよね。ま、それで、結晶も余ってたし烏羽サンの言う通りに何でもしてあげてたんスよ」

「うんうん、それでそれで?」

「――で、ある日唐突に烏羽サンから飽きられて終了ッス」

「終了・・・・・・?」


 不穏な響きに首を傾げる。薄群青は肩を竦めて首を横に振った。


「何が不満だったのかは分からないんスけど、烏羽サンは召喚士を汚泥のど真ん中に放置して、そのまま失踪したんですよね」

「ええ、失踪!?」

「ッス。俺も探索担当で同行してたんで、汚泥に呑み込まれて――その後の事は、知らないッス」


 色々と気になる事がある。一つずつ紐解いていくしか無さそうだ。


「ちょっと待ってね、水を差すようだけど・・・・・・え? もしかして、キャラロストがあるの?」


 身近で最も危険なのはロストである。ガチャから出て来るキャラクターが死亡判定でロストなど、炎上不可避だ。例えば折角引けた烏羽がプレイ中に死亡した場合、もう一回引かなければならないというのは露骨な集金システムに見えて、あまり推奨されるものではないだろう。

 ただし、このゲームには無料でガチャが引ける制度が整ってはいるようなのでそれでカバーするつもりなのかもしれないが。

 一介のプレイヤーの問いに対し、渋い顔をした薄群青はその首を縦に振った。


「ロスト、って言葉たまに使いますよね。召喚士サン達って。まあ、それはあるッス。でも気にしないで欲しいかな、召喚士を護るのが神使の役目なんで」

「いや、うん、それも気になるけど――」


 流石にここでのメタ発言は無かった事に安心する。が、心配なのは自分の身の中の極一部、財布の中身である。ゲームオーバーになって経済的にダメージを受けるのは斬新だがちょっと許容したくは無い。

 チャットルームの白星1が言っていたペナルティとは、神使ロストの事かもしれないなと漠然とそう思った。そりゃあ、運営関係者からしてみればキャラクターロストの話など積極的にはしたくないだろう。ガチャに現金をつぎ込む剛の者が減ってしまう。


 脱線した話を、烏羽の前主人に戻す。大事なのはそっちなのだが、如何せんガチャに敏感なのがソシャゲプレイヤーの宿命なのだ。無視は許されない。


「えーっと、それで何だったっけ・・・・・・。そう、烏羽! いや、それもかなり気掛かりなんだけどプレイヤーを放置とかあるの?」

「ありますよ。だって主サン、烏羽サンの輪力を維持しているだけで命令を聞かせたりする力は持ってないでしょ。俺だって、主サンの事を無視しようと思えば簡単に実現できるッス。まあ、しないけど」


 召喚士を無視しない、という部分は本当だったので取り合えず胸をなで下ろす。最悪、烏羽にボロ雑巾よろしく捨てられても、薄群青はプレイヤーの味方でいてくれるらしい。未来の事は分からないけれど。


 烏羽の要求は無茶苦茶だったり、下々の者を虐げるようなそれが多いので諫めてきたが、結果として今現在は正解だったのかもしれない。

 生まれて初めて自分の嘘を見抜く特技が役立った。烏羽の冗談らしい要求は全て聞き流して、本当に必要な事だけ耳を傾ければいいのだ。あの乙女心より変化が激しい性悪の要求を全て呑むなど、飽きられて捨てられるという末路を辿る事になる。


「それにしても、有益な情報をありがとう、薄群青。薄色で薄群青を引けたのは、かなり運が良かったのかな。私。2番目が薄墨だったら、薄墨が他プレイヤーの話をしてくれたのかな?」

「さあ、どうッスかね。烏羽サンと同じ社に召喚されてたら、話してくれたかもしれないですけど。ただ、俺の記憶だと黒適応の召喚士はかなり少ないんで、あの人等が同じ社に揃ってるのは見た事も聞いた事も無かった気がするッス」

「あ、そうなの・・・・・・」


 薄色シリーズなら誰でもこのイベントが発生する、という訳ではないらしい。というか、一定の神使がいないと発動しない重要そうなイベントだとか正気か? ガチャの闇が深い気がしてならないのだが。


「俺の知ってる情報はそれだけなんスけど、主サンは現実で用事があるんじゃないんですか? ボーッとしてますけど」

「あ、そういえばそうだった。うーん、烏羽の事を考えながら現実に戻るよ」

「いや、忘れて休んでくださいよ」


 尤もな指摘を受けながら、部屋から出て行く薄群青を見送る。

 ただ、烏羽の扱いはきちんと考えた方が良いだろう。弊社のアタッカーは奴一人。機能しなくなれば詰む。


 ***


 主がログアウトする、と言うので部屋から出た薄群青はぴったりと閉められた戸を振り返った。ボンヤリと今までの会話を思い返す。

 元々、彼女は初期神使である烏羽をそれなりに優遇していた。このアカウントには2番目の神使として召喚されたので、その空気そのものは感じ取っている。


 ただ――烏羽とここまで上手くやっていけているプレイヤーは報告の上では初めてだ。

 烏羽の真偽の入り交じる言葉を簡単にいなし、気紛れに汲み取る。どういう基準で彼の我が儘を聞いてやっているのかも謎で、掴み所が無いのは主も同じだ。


 思い出すのは月城町での一件。

 何故か考える素振りもなく、自分の意見を信じたあの時は、得体の知れない存在に思えた。無論、大きな感謝の気持ちもあったが。


 もしかして今期の主は、真偽を察知する能力でも持っている?

 思えば、先の相馬村でも濡羽が彼女の言葉に警戒している様子だった。敵対者にとって都合の悪い事が起こるから、口を噤んだのかもしれない。

 であればこの社にいる烏羽も、薄々彼女の特異性に気付きつつあるのだろう。最近では突き回して反応を愉しむ様子が散見される。


「・・・・・・ま、俺も余計な事は言わないでおくか・・・・・・」


 そう結論づけた薄群青は、勝手に私室として扱っている部屋へと足を向けた。あの様子だと、主はまだ一時帰らないだろう。掃除でもしよう、部屋が埃被ってきているらしいし。

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