04.大事故

 ***


 結局、花実がゲームに再ログインしたのは翌日だった。

 1日経った現在の体調はほとんど回復しており、いつもと変わらないコンディションだ。強いて言うのであればかなり眠ったにも関わらず、まだ少し眠いくらいか。

 あまり回っていない頭でログインし、そしてすぐに目が覚めるような事態に気付く。


「あっ、主様・・・・・・! やっと戻られたのですね」

「はっ!? え、何故!?」


 プレイヤーしかいないはずの自室に、何故か藤黄がいた。意味が分からず目を白黒させていると、チケットによって喚び出された存在である彼が泣きついてくる。


「主様が強制ログアウトした時に、僕が部屋の中にいたままだったので――その、情けない話なのですが出られなくなってですね」

「あ、あー。え? 内側からも開けられないの、この部屋!?」

「ええ、まあ、はい」


 最初のチュートリアルにて烏羽から、この部屋の鍵は開け閉めが召喚士しか出来ないとは聞いていたが内側からも同じだったとは。


「じゃあ、1日ずっとここにいたの? うわ、ごめんね」

「1日幽閉されたくらいで神使はどうこうなったりはしませんが・・・・・・。閉じ込めて出たのが僕で良かったですね。別の神使によっては怒り狂っていたかもしれません」

「うーん、恐すぎ」

「ああそれと、信じられないかもしれませんが部屋の物は勝手に触っていませんから」

「そうなんだ、了解」


 嘘を吐いていない様子なので軽く受け流す。本当に中に取り残したのが烏羽じゃなくて良かった。どんな鬱陶しい嫌味を言ってくるか分からない。

 温厚そうな藤黄で良かったと内心で安堵していると、その藤黄が不意に居住まいを正した。


「えーと、それでは改めて。黄系統神使、藤黄です。配布の券で僕を喚んだんですよね? あ、その、光栄です。よろしくお願いします」

「えー! チケット差分の台詞とかあるんだ! 通常入手出来なかったけど、台詞聞き逃しになるのかな・・・・・・何にせよ、よろしくね」

「はい。編成拡張のエンジニアとして喚ばれたようなので、早速5体編成に変えておきますね。端末をお預かりして良いですか?」

「はい、どうぞ」


 端末を手渡したタイミングで、戸が叩かれた。少し焦っているような音に、慌ててそちらを向く。聞こえて来たのは薄群青の声だった。


「主サン!? 戻ったんスか? 昨日は急にいなくなってどうしたのかと思ったんスけど、取り敢えず開けて貰って――」

「ああ、ごめんごめん! ――うわっ」


 弾かれたように戸へと駆け寄り、開け放って驚く。薄群青だけではなく、烏羽も一緒だったからだ。彼等の身長差は結構あるので、塗り壁か何かかと思って変な声が出てしまった。

 案の定、目聡くその様子を見ていた烏羽がウザ絡みを繰り広げる。


「うわ、とは失礼ではありませんか。ええ、この烏羽、召喚士殿が強制的に社から退去されたと聞いて大層心配していたと言うのに。ええ、ええ、あんまりな仕打ちです」

「嘘を吐け嘘を。どうせ、私がいなくなってもその辺でゴロゴロしてたんでしょ」

「おお、我々の仲ではございませんか。ええ、そのようにお疑いになるなど」


 事実嘘なのだから疑うも何も無い。確信を持って別に心配してはいなかっただろうなと言える。

 そんな中、プレイヤーへの頼れるサポーターである薄群青が苦笑気味に言葉を発した。


「主サンが無事なら良かったんスけど、藤黄サンが部屋に閉じ込められて大変そうだったッス。主に烏羽サンから爆笑されたり、煽られたりで心労が心配ですね」

「そんな事してたの? 暇なのかな・・・・・・」

「暇なんでしょ。実際、主サンが不在の時なんて、特にやる事も無いッスからね」


 ゲームにログインしていない間も、データ上では生活を送っているのだろうか? 一応、何をしていたという日常会話は矛盾無く組み立てられるようになっているようだが。


「そういえば、薄墨は元気にしてるかな? 折角召喚したのに、あんまり顔を合わせていないけれど」


 薄墨は来たタイミングが良かったが、同時に悪かったとも言える。何せ、なかなか新人が入らない弊社で新入り期間を堪能する暇も無いままに藤黄まで加入してしまった。蔑ろにしている訳ではないのだが、召喚以降に全然親睦を深められていないのもまた事実である。

 花実の問いに対し応じたのは烏羽だった。肩を竦めた黒系神使の頂点は首を横に振る。


「どうでも良い事を気にされるのですねえ。ええ、薄墨はいつも通りですよ。他者との交流を好まぬ質故、部屋に籠もりっきりですが」

「ええ? それは・・・・・・いいのかな。そのままにしておいて」

「構いませぬ。ええ、見た目よりずっと不遜な性格ですよ、あれは。不満があれば自ら出て来るでしょう。下手に構い過ぎない方がよろしいかと、はい」


 やはり烏羽は薄墨に対して非常に寛容だ。部下に対する好みがハッキリしていて結構だし、やはり嘘は吐いていないので情報は正しいのだろう。それが誤解でなければの話だけれど。

 ともかく藤黄や薄墨と交流を図る為にも、まずは自室から出なければ。結晶が随分貯まっているし、ここいらで大量消費したい。全員を集めて順に強化していけば良いだろう。


「――主様。アップデートが完了しました。次から神使を5体編成できます」

「あ、藤黄! ありがとう、早かったね」

「手順を聞いてから派遣されてきていますので」


 ――・・・・・・? 誰がそんな手順を教えたんだろ。

 そう思ったが、運営の突貫工事なのかもしれないし深く考えるのは止めた。

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