5話:瑠璃御前からの招待
01.親友の行方(1)
――今日はもうやる事も無いし、ゲームにログインしようかな……。
最近ゲームの事ばかり考えているな、と花実は小さく溜息を吐いた。これが趣味をアルバイトにすると起きる現象か。バイトが苦じゃないので、幾らでも労働できてしまう。
そのアルバイトだが、ここ数日は大学関係のイベントが色々とあった為にログイン勢となっている。雇い主からあれやこれやと言われた事はないが、一応賃金が発生するバイトという括りなので放置し過ぎるのも良く無いだろう。
そう考えながらスマートフォンに手を伸ばそうとしたその時だった。メッセージアプリではなく、大変珍しい事に着信が入った。昨今、電話など掛かってくる事もあまりないので大袈裟に驚きながらディスプレイに視線を落とす。
――母からだった。
肩の力を抜きながら、通話ボタンをタップする。
「もしもし? 花実だけど、どうしたの。お母さん」
『あんた、ゆかりちゃんが入院したんだってよ!』
ゆかり――例の同じゲームをしている親友だ。最近は連絡が取れておらず、当然ながら会ってもいない。故に入院したなどという話はまさに寝耳に水だった。
「入院!? えっ、何かあったの?」
『それが原因は分からないんだけどね、アパートで倒れているのを隣の人が見つけたんだって。ほら、ゆかりちゃん独り暮らしを始めたでしょ? あんたと一緒で。お母さん、ちょっと心配だわ。あんた、ゆかりちゃんよりずっとズボラな所があるでしょ?』
「いや大丈夫だって。身体は丈夫だし……。まだ休みだから、お見舞いにでも行こうかな」
『意識が戻らないそうよ。面会が出来るのかまでは、ゆかりママに聞かなかったわね……。まあ、大丈夫でしょう。ちゃんとした格好で行くのよ』
先程までゲームの事ばかり考えていた花実だったが、この瞬間にはそんな事は忘れ、地元へ帰るための経費と何泊するかの計算に置き換わっていた。ともかく、親友の見舞いに行き、ご両親に挨拶して、自分の両親にも顔を出して――と、そんな訳で持っていたゲーム機を放り出し、立ち上がった。
***
そんな事があってから、更に5日が経過した。
現在花実はゲーム内の自室にて、渋い顔で佇んでいる。
あれから地元に帰り、親友の見舞いに行った。が、やはり意識不明の状態で会話などは当然出来なかったし、身体に異常は見られないとの事で治療が出来る段階にまで行けておらず解決の糸口が見えない状況。
心配過ぎてテンションは非常に下がっている。だがアルバイトなので一旦ゲームにはログインした。独り暮らしのアパートに戻ってきて、少し落ち着いたらゲームが気になったという理由も勿論ある。
「主サン? 結晶を持ってきたッス」
外から薄群青の声が響いてくるまでたっぷりと座り込んだ花実は、大きく息を吐くと都の鍵を開けて彼を中に入れた。
「あー、ありがとう。結構な量だなあ」
最早、手頃な麻袋に入れて結晶を運搬してきた薄群青は部屋の隅にその結晶を置いた。じゃら、と涼しげな音が耳朶を打つ。薄墨が加わったので、単純に結晶の生成が2倍になったおかげだろう。かなり長くゲームにログインもしていなかったし、当然と言えば当然か。
「主サン、今回は随分長く社に戻って来なかったッスね。心配しました」
「いやちょっと、色々と用事が重なってね。家も空けてたし」
「そうなんスか? あと何か、元気もあまり無いッスわ。大変だったようで」
丁度そのタイミングで、廊下からドスドスと態とらしい足音が響く。小柄な面子が揃っている弊社でこんな足音を立てて現れるのだなんて一人だけだ。
「おやおや! お久しぶりでございます、召喚士殿。ええ! 本当に久しぶりですねぇ!」
――烏羽だ。
相も変わらぬ嫌みったらしさに思わず溜息が溢れる。今日はそのテンションに付き合える精神状態ではないのだ。
そんなプレイヤーの様子を見てか、烏羽はきょとんとした珍しく素の表情を浮かべた。
「何やら疲れておられるようだ。私と貴方しか社にいなかった時のような空気感ではありませんか。ええ、げーむに何か不満が?」
「いや、現実が忙しかっただけ……」
――そういえば、ゆかりもこのゲームをやってたんだよね。
ドタバタして失念していたが、自分と同じように独り暮らしでゲームのテスターアルバイトをやっていて、同じ試作品をプレイしていたはずだ。
点と点が脳内に浮かび上がる。
更に言えばチャット仲間の赤鳥もずっと連絡が取れていない。あまりにも親友と似通った状態に陥っているように思える。これは偶然か? それとも、このアルバイトに関わった者達に何かが起きている必然か?
突拍子も無い考えかもしれないが、そう思い始めたら止まらない。チャットを開いて確認したい。赤日はずっと赤鳥を捜していると言っていたが、いっそ自宅にまで行けば意識不明の状態で倒れている可能性もある。
「では召喚士殿。今日は何をされますか? ええ、ええ、この烏羽、退屈しておりますれば。そろそろすとーりーを――」
「いやごめん、チャットに顔を出すから部屋から出ててもらっていい?」
烏羽の言葉を遮った花実は、薄群青と烏羽を部屋の外に出したのだった。横で騒がれては堪らないのもあるし、結局はそう、彼等はゲームの住人。リアルフレンドの方を大事にするべきだ。
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