19.ゲームはほどほどに
***
社へ戻ってすぐ、見計らったかのようなタイミングで端末に山吹から着信が入った。あまり電話を鳴らさないで欲しいものだ。完全に私的な理由だが、着信音はどうしてだか緊張する。
『お疲れ様ですー、召喚士様ー……。帰ってすぐの所、申し訳ないんですけどー……。ちょーっとした連絡がありましてー』
「連絡?」
『はいー。今、青都から私の方に連絡がありましてー……。あー、青都には他の黄色がいるのでー、厳密に言うとそこからの連絡なんですけどー……』
「う、うん。大丈夫。仕組みとかは分からないけど、別に何かを疑っているとかはないから」
山吹にシステム関連のトークをさせると止まらなくなる。学習済みの花実はは慌ててそう言い繕った。それが功を奏したのか、山吹が速やかに脱線しかけた元の話題へと戻って行く。
『青都の瑠璃御前がー、是非、召喚士様にお礼を言いたいとの事でなんですよー』
「誰?」
『御前は御前ですよー……。青都の都守ですー。余所の都守って、何て呼んで良いか分からないですよねー……。立場としては、私達よりずっと上だしー……。でも黄色は上司と部下って感じなのでー、へりくだった感じはないですしー……』
ここに来てようやく青都守の名前が判明した。瑠璃と言うらしい。
白は月白、黒は烏羽、黄は黄檗――あと分かっていないのは赤の都守である。接点が今まで全くなかったし、当然と言えば当然なのだが。
「えぇっと、その瑠璃御前? さんとやらはどうして私に用事が?」
『そうそうー……。相馬村が青都の管轄なんですよねー……。それでー、裏切り者勢を追い出してくれたお礼をしたいって話なんですよー……』
「へえ……。青都の事はこれっぽっちも考えていなかったけどな」
『まあ、青都としてはー……。あの位置に結構な数の黒神使にいられると困るしー、礼くらいは弾むと思いますよー……。相馬村にいた裏切り者達もー、もしかしたら青都の襲撃を視野に入れてあそこに集まっていたのかもしれませんしー……』
「間接的に青都を助けた事になってるのか。うーん、取り敢えず連絡は連絡として受け取っておくよ」
『はーい。連絡は以上ですー……。また何かあったら伝えますねー……』
こうして山吹との通話は終了した。恐らく、次の行き先に関するフラグだったのだろう。村を一旦挟みはしたものの、次はまた都関係のストーリーが進むのかもしれない。
「お話は終わりましたか? ええ、この烏羽を放置してする通話は格別でしょうとも」
「どういう絡み方? あんまりにもウザ過ぎる……」
言いながらポケットに端末をしまおうとして、手を滑らせてしまった。幸い、既に社の中だったので落ちた先は畳。外であれば小石や砂で画面に傷が入ったかもしれないが、畳ならばきっと大丈夫だろう。
落ちてしまった端末に手を伸ばしながら、この後の事に思いを巡らせる。
流石にぶっ続けでストーリーを進めると時間を食いすぎるし、チャットに行って、ある程度時間が過ぎてからログアウト。続きは明日にしよう。
流れで大広間に神使達も全員いるが、この後は何も無いと伝えて解散させないと――
「……?」
「召喚士殿?」
落ちた端末を屈んで拾い、立ち上がる。それだけの動作だったのだが、立ち上がった瞬間、強烈な目眩に襲われる。視界が変な色に明滅し、頭の奥に重い痛みが走った。酸素が脳にまで回っていないような心地に動きを止める。
頭上から烏羽の怪訝そうな声が降ってきたが答える余裕はなかった。
そのまま数秒が経っただろうか。数秒か、或いは数十秒経ったのかは定かではない。ようやくいつもの視界に戻り、酸素を取り込んだかのように脳が思考を再開する。ややあって、花実は烏羽の言葉に応じた。
「あ、いや、なんか……立ち眩み?」
――というか、落ち着いてきたら身体も怠いような気がする……。
ゲームのし過ぎかもしれない。画面をずっと見ているのは目や頭に負担が掛かると聞く。
ふと烏羽以外の薄群青と紫黒はどうしているのかと視線を巡らせて気付く。両者共に少し顔色が悪いようだ。
「うん? 私も結構体調悪いけれど、薄群青と紫黒も顔色悪いね? 烏羽は……まあ、いつも通りだけどさ」
呟きに答えをくれたのは紫黒だ。
「大兄様は置いておいて、流石に長時間、汚泥の汚染する空気の中にいれば具合も悪くなるわ。きっと主様もそうよ。だって人間だし、私達よりずっとか弱いからね」
「そういう演出みたいなのあるんだ。リアルに寄り過ぎてるんだよなあ、何の技術なの。本当」
「そういう訳だから、汚染が抜けるまで休んだ方が良いわ。特に主様は」
「そうしようかな。流石に今はストーリーを進める気分じゃないし……。ここに入り浸り過ぎだから、現実に戻るよ」
紫黒には苦笑されてしまった。解散を告げれば、先に薄群青と紫黒が大広間から離れて行く。本当に疲れが溜っていたようだ。
残された烏羽が怪しげな笑みを浮かべている。今日は本当に具合が悪いので、ウザ過ぎる絡みは遠慮願いたい。
「ささ、それではお部屋に戻りましょうぞ! ええ、この烏羽がちゃんとろぐあうとを見届けますとも」
「介護かな?」
「ええ、そうですよ。貴方達、召喚士というのはどこへ行ってもその端末をぽちぽちと猿の毛繕いかのように触り続けるではありませんか。ええ、今回ばかりは早く戻って休まれた方が良いかと」
「烏羽が人の心配? 幻聴が聞こえちゃってるな、帰って休んだ方が良さそう」
「ええ、ええ。この烏羽とて心が無い訳ではありませぬ故」
「……何だか寒気が」
――これが驚くべき事に、心配の件が嘘じゃなかった。
いよいよ自分の身が危ないのかもしれないと思い、ログアウトしたら即布団にくるまって脳を休めると花実は誓った。
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