18.最終手段(2)

「――……えええ?」


 ただ、状況は想像よりずっと面倒だった。

 というのも爆発した民家から人影が二つ、それぞれ真逆の方向へ駆け抜ける。どちらか一方が助かれば良いという考えなのだろう。同時に、編成の脆さが相手にもバレバレである事を理解する。

 ――2つのグループに割る事が出来ないからだ。

 褐返はともかく、濡羽には烏羽を充てるしかない。薄群青と紫黒二人がかりでも勝てそうになかったからだ。そして、褐返を追わせるメンバーに先述した二人を向かわせるのも大層危険だ。


「どうしますか、主サン」

「と、取り敢えず濡羽を倒そう!」

「堅実にどちらか片方を討取った方が良さそッスね。俺と紫黒サンで褐返サンを追うのもありッスけど……。対策取られてそうだし」


 3人しか居ない仲間を2つに分けない理由はそこに集約される。紫黒と五分五分の戦闘力だった褐返が、対策を立てていないはずがないと考えたのだ。

 話を聞いていたのか、烏羽が走り抜けようとする濡羽の足下に手の平を向けた。瞬間、地面が爆発。土と水が混ざり合った泥を撒き散らす。


「な、なに? 水はどこから出て来たの……?」

「土気の術を扱うのには時間が掛かります故、土中の水気を利用しました。ええ、召喚士殿にも分かりやすく説明すると――まあ、属性相性というやつです。はい。我々黒は水気に最も馴染みが深いので」

「そうなんだ。バラエティないなってぶっちゃけ思ってたよ」

「ええ、そういう風に思われている事はこの烏羽も薄々察しておりました」

「でも今の攻撃は頭使ってるっぽくてよし!」

「どこからの目線ですか? ええ、一周回って凄いですよ召喚士殿。恐れを知らないと見える」


 軽口を叩き合っている間に、吹き飛ばされた濡羽が何事も無かったかのように復帰してきた。ただの人間であれば、今の爆発で粉微塵に吹き飛ばされ、四肢がバラバラになっていてもおかしくない。

 美しい容に心底ウンザリという表情を浮かべた濡羽は、その唇から重々しい溜息を吐き出した。


「ちょっと聞きたい事があるんだけど」


 謎の遺言を残していった黒檀の事を思い出しながら、花実は訊ねた。どうしても気になる。濡羽の胡乱げな瞳がこちらを向いた。流石の彼女も3対1のこの状況では諦念を覚えるのだろう。


「――もしかして、私以外に召喚士がいるの? 黒檀がそれっぽい事を言っていたんだけど」


 とにかく疑問を投げかければ、嘘を吐くか否かで分かる事もある。濡羽は特に烏羽と性格が似通っているので、平気で嘘を真実をごちゃごちゃに語るのは黄都で経験済みだ。言葉遊びが好きな部類なのだろう。

 ――が、そんな予想は大きく外れる事となる。


「答えないよ」

「そんな事言わずに。はいか、いいえでいいから、教えて欲しいな」

「……アンタに何か話す度、都合の悪い事になるからね。もう何も話さないのが賢明さね」


 ――これは……学習している? NPCが?

 思わぬ返しにゾッとしながらも、それを取り繕うように花実は言葉を続けた。


「じゃあ、他の召喚士がいるって事でいいかな。答えられないんだもんね」

「……」


 無言。

 一番困るリアクションだ。彼女は頑なで、その無言が肯定の意なのかどうかも分からない。こちらの問いに一切アクションを起こさない、という強い意志を感じる。もういっそ、質問すら聞いていないのかもしれない。


「召喚士殿。濡羽に口を開くつもりは無いようです。ええ、もうよろしいですか? よろしいですね?」

「うーん」


 濡羽は既に花実を素通りし、烏羽を見ている。何か言いたげな顔ではあるが、何も語るつもりは無さそうでもある。


「……ストーリーを進めれば、その内分かるか……」


 それをゴーサインだと思ったのか、烏羽が足に力を込める――が、その動きが止まった。今日は珍しい事に、またも驚いた顔を拝見できてしまう。

 烏羽が身を翻す。濡羽へと向かって行くのでは無く、何故か花実の方へと駆け出した。瞬間、濡羽の身体が瞬間的に膨張。水風船を爆発させたような音と共に、文字通り爆発した。

 ただし民家が爆発した時のそれや、烏羽が地面を爆破した時とは撒き散らす物の内容物が異なる。なにせ、彼女等の身体は触れればそこから人体が腐食する汚泥で出来ているのだから。


 とはいえ幸いな事に言動はアレだが、烏羽は非常に優秀な神使だ。瞬時に事態を把握、プレイヤーである花実の元へとんぼ返りし、結界を起動。飛び散った汚泥の欠片を難なく防ぎきった。


「――残念……」


 どこからともなく、そんな声が聞こえたような気がした。けれど、多分気のせいだ。もう既に濡羽は跡形も無かったのだから。


「じ、自爆……!? ありがとう、烏羽。ワンチャン、死んじゃう所だったよ」

「ええ。今、私が召喚士殿の元へ戻らなければ今頃腐った肉片と化していた事でしょう!」

「うわ、具体的な感じは止めてよ。うっぷ……。このゲーム、変な所でリアルだからなあ。マジでそうなりかねない」

「そうなるのですよ。ええ」

「もういいから、そういうの。というか、今の本当に濡羽だったのかな……。そう見せ掛けた汚泥とかじゃないよね? 何だかあっさりしてて、拍子抜けしちゃうなあ」


 呟きに対し、汚泥の被害をやや受けたのであろう紫黒が受け答えする。彼女は汚泥を直に触ってしまって火傷のようになっている皮膚を治癒術で治している最中だった。


「濡羽だったわ。ちゃんと神使だったもの」

「そうなんだ。まあ、コレも一つの終わりって事か……」

「褐返はどうするの? 狭い村だし、もしかしたら倒せるかも――」


 紫黒の言葉を遮るかのように、山吹からの着信が入る。


「もしもし?」

『召喚士様―、お逃げくださいー……。汚泥が迫ってきていますよー……。門を使って、社に帰られた方が良いかとー……』

「分かった。そうするよ」


 という訳でこれにてタイムアップ。すぐさま端末で門を呼び出し、社へと戻ったのだった。

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