17.最終手段(1)
「――そろそろ、逃げ出した濡羽サンあたりが何かやらかすと思うんスよ。結構時間も経ってるし」
ふと薄群青がそう溢した。青色の彼より濡羽の事を知っているであろう紫黒と烏羽が確かにと首を縦に振る。
因みに薄群青の怪我は、やはりあまり大きなものは無かったようで紫黒の治癒術によって回復した。衣類は痛々しそうなままだが、その下から覗く皮膚には傷跡一つない。
「手をこまねいて見ているだけではないと思うわ。濡羽は優秀で狡猾な神使だし」
「ええ。そうですね。虎視眈々と何か準備しているかと思われます」
険しい顔をする紫黒とは対照的に、烏羽は愉しげだ。いつもの光景である。
――と、不意にポケットに忍ばせてある端末から着信音が漏れる。驚いて画面を見れば、山吹から電話だ。
「あ、もしもし? どうかしたの?」
『時間が無いのでー……手短に話しますねー……。実はー、村の外で大人しくしていたー、汚泥が動き始めていますー……。気を付けて下さいねー……。勿論、基本は人間である召喚士様もー、汚泥に触れれば無事では済みませんからー……』
「わ、分かった。気を付けるよ」
『はーい。それではー……』
本当に用件だけ話して通話が終了した。やはり、どこかのんびりとしているように見える山吹も黄系なだけあって、事務的な部分が多い。
ただ、その連絡を受けて一つ疑問が浮上する。
「外の汚泥を、濡羽が差し向けようとしてるって事だよね? ……どうして今までやらなかったんだろう。なんか、敵対してる黒の皆様は汚泥に囲まれても平気みたいなのに」
「何を頓珍漢な事を仰います。ええ、貴方に汚泥の大群を放ったところで、数が多くて相手に出来なければ門を使って逃げてしまうではありませんか。ええ、こんなものは打つ手を無くした際の悪足掻きでしょう」
「そうだった。黄都でもそうやって逃げたんだったわ。忘れてた」
「記憶力があまりにも悪いのでは?」
「うーん。ぐうの音も出ない」
相馬村にいた黒神使が2人にまで減ったので、これ以上の戦闘は勝ち目が薄いと感じてプレイヤー側を撤退させる魂胆か。堅実な判断だ。
考えていると紫黒が選択を迫ってきた。
「どうする、主様? 濡羽と褐返がいる家の一つに乗り込む? 門の出現なんて一瞬だし、最悪でも門が出現するまで私達で結界を張って汚泥の侵攻から守るくらいなら簡単だけれど」
「そうだね、行ってみようか」
暗に行けと言われているようなのでその通りにする。ここで逆らって社に帰るのも面白そうだが、後々にストーリーの分岐などで苦しめられそうだし。
そんな花実の決定に対し、烏羽は非常にテンションも高めだ。
「そうこなくては! ええ、乗り込んで村にいた全ての神使を討取りましょう。愉しみですねえ」
「同僚なんだよね? もっとこう、粛々とした空気を出して貰って」
「何を仰る。奴等なぞ同僚ではありません。ええ、見ての通り仕える主が違うのですから」
「私に仕えてるか、主神に仕えてるかって事? 烏羽、私に仕えてるとか言える状態かなあ……。結構、辛辣だし主人に対する言動じゃなくない」
「ええ、仕えておりますとも」
――嘘じゃん……。
前々から思っていたが、召喚士というコンセプトからあまりにも掛け離れたキャラクターである。恐らくある程度の個別ストーリーをこなさないと、主認定しないタイプの性格なのだろう。
プレイアブルキャラが全員プレイヤーに懐いているのも飽きてしまうが、そもそも神使という分母が少ない弊社でこれはどうなのだろうか。やはり初期ガチャに一定の制限を設けるべきだと思う。
「――まあ、それは置いておいて。烏羽は案内よろしく」
「私を便利に使いすぎではありませんか?」
「返事に困るけど、否定はできないな……」
誤魔化しようが無かったので正直にそう言ってみた。烏羽は態とらしく溜息を吐いているが、挙動が嘘だったので言う程怒ってはいないらしい。深刻な問題には発展しなさそうだったのでスルーした。
「こちらですよ、召喚士殿。ええ、早く濡羽共に会えるといいですね」
言われるがまま、先頭を歩く烏羽の背中を追いかける。
やがて辿り着いたのは何の変哲も無い一軒家。本当に村以外の機能を持たない相馬村には、特筆すべき建造物はほぼ無かったからだ。
「着きましたよ。心の準備はよろしいですか? ええ、まあ、実際に相対するのはこの烏羽なのですが」
「頑張れ!」
「面倒臭くなって投げやりな応援をしているのが丸分かりですよ、召喚士殿。ええ、大変良い度胸ですね」
――が、物理的な突撃お宅訪問も既に3回目。手の内が読まれているというか、当然の如く対策を立ててきているようだった。
烏羽が戸に手を掛けた、その瞬間。
元々は他人が住んでいたに違いないはずの、目の前の家屋が爆発した。飛び散る木片と砂埃、そして水。巨大な水風船でも破裂させたのだろうか。そもそも、黒系は水属性のようなので何をするにしても、ある程度はその属性に寄るのかもしれない。
そんな家が爆発するというリアルではお目にかかれないような光景を花実は呆然と見つめる。当然の如く、一般的な女子大生には家が目の前で爆発した際の適切な行動など分からなかったからだ。
ただ、これはゲーム。現実では無い。
先頭切って向かって行った烏羽の計らいか、他神使を含む一行の周囲には透明なドーム状の結界が張られており、幸いにもケガ人は出なかった。
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