12.やっぱり3人編成はキツい(2)

「黒鉄サン、ッスね。多分」


 新手の神使を見、薄群青がコソコソと教えてくれた。

 黒い髪を一つに結った涼しげな目元の男性神使だ。自信に満ち溢れた表情をしているのが印象的で、手には薙刀を持っている。


 正直、甘いマスクのイケメンより烏羽が素手である事の方に意識が持って行かれているのが事実だ。

 失敗したな、と内心ではそう思う。いくら強化しても烏羽の持ち武器が出て来ないからと一旦後回しにしたが、そういえば近接武器を持った薄色以外の神使と戦うのは久しぶりだ。

 あんな大振りの得物を持っている神使の登場など、頭の片隅にもなかった。というか、当アカウントで武器を手にできているのは薄群青だけだし、彼はプレイヤーの護衛が主な仕事だ。使う機会があまりない。


 ともあれ、烏羽と真正面から睨み合う黒鉄が口を開いた。黒檀とは違い、それなりに会話を嗜むようだ。


「いやあ、長兄殿……。何故またそちらに? いつもの気紛れですか? 貴方の気紛れはいつだって俺達に大打撃を与えてくるので自重して頂きたいんですけどね」


 対し、烏羽はいつもの胡散臭い笑みを以て返す。


「いいえ。実は私、生まれ変わりまして。ええ、ですのであまり余計な事は言わない方がいいですよ」

「脅し? 止めて下さいよ、こっちだって貴方と戦いたいとは思わないんですけど、ちょっとあり得ない板挟みが起こってるんで」

「ええ。面白おかしく今の状況を観察しておりますよ、私は」

「はあ……。それはそれは、愉しそうで何よりです」


 溜息を吐いた黒鉄は続いて、声を掛ける対象を変えた。濡羽と黒檀にだ。


「そういう訳で、濡羽さんは逃げていいよ。アンタがやられちまうと面倒だ」


 当然、烏羽の行動は黒鉄が制限している。となると、濡羽の逃亡を止められるのは紫黒と薄群青だけになるが――流石に荷が勝ちすぎるとプレイヤー側の視点で見ても分かる。

 紫黒の様子を伺うと、やはり援護が見込めない状況でどうするべきか考え倦ねているようだ。

 が、ここで意外にも烏羽が冷えた声で言葉を放った。


「紫黒。濡羽は見送って構いません、ええ」

「だそうだ。早く行くといい」


 黒檀が濡羽に目配せする。と、彼女は大袈裟なくらいに烏羽を警戒しつつ、その場から離脱した。黄都の時も思ったが逃げると決めた時の動きがあまりにも速い。そして、烏羽からの指示を貰ったからか紫黒もそれを追わなかった。


「――では始めよう。大兄殿が何故いるのかは分からないが、目標は召喚士の殺害だ。いいな、黒鉄」


 言いながら黒檀も武器を取り出す。一言で例えるならば巨大な斧。ただし、木を切り倒すタイプのそれではなく人間を輪切りに出来るタイプの得物だ。見た目に違わずパワー型なのだろう。

 言葉を受けた黒鉄が、鼻を鳴らす。


「了解。ま、長兄殿も太刀持ってないし、足止めまでなら……。勝つ事は出来ないから、早めに召喚士の首を刎ねてくれや」

「承知」


 ――ええー、滅茶苦茶私を狙ってきてる!

 濡羽あたりから明らかにプレイヤーを付け狙うようになってきたが、ゲームと分かりつつも恐ろしい。銃までなら痛みのイメージがパッと湧かないが、流石に斧で首と胴が泣き別れするのはグロッキーな想像が出来てしまってゲンナリだ。

 烏羽がどのくらい薙刀相手に立ち回れるのか確認したいが、黒檀と大斧があまりにも大迫力なのでそちらに意識を割く余裕がない。


「足止め? 私のですか? ええ、それが傲りでしかないとすぐに理解させてあげましょう」


 黒鉄の発言に弱い者イジメが大好きな烏羽は歓喜しているようだった。大口を叩いた格下をボコボコにするのが趣味のヤバい奴だから仕方無い。

 気になったのでチラッと確認すると、薙刀の間合いで得物を振り回す黒鉄に対し、烏羽は結界を張る事によりこちらもまた自身の間合いを保てるよう尽力しているように見えた。

 つまり何が言いたいかと言うと――すぐに黒鉄を伸して、こちらの加勢に入る訳にはいかないだろうという事だ。


 ざり、と土を踏みしめる重い足音で我に返る。見れば黒檀がゆっくりと接近しつつあった。まだ距離はあるが、全力で疾走されれば一瞬で手の届く距離に入ってくる事だろう。

 獲物をいたぶるような動きではない、細心の注意を払って確実に仕留めるという隙のなさ。格下相手を侮らないタイプの敵であり、出来れば人間を馬鹿にするような強敵であって欲しかったという気持ちが拭えない。

 不意にその黒檀が重々しい声音で喋り始めた。


「異界の人類……。主神の構築した術式に巻き込まれ、召喚士として担ぎ上げられた哀れな人間か。お前に恨みは全くないが、神使を伴ってこのような場所にまで襲撃をしてくる以上、我々に粛正される事もまた自明の理というものだ」


 ――もしかして、大事な話始まってる?

 ここまで世界観の説明があったのは最初だけだ。結局の所、ゲームだから掘り下げがなくても気にしなかったが、ここに来てプレイヤー自身の話題が振られている。ちゃんと設定があるようだ。


「長兄――烏羽殿を連れているのには驚いたが、黒を代表して礼を述べよう」

「……なんの?」

「我等、黒は主神の意に従わない。如何に召喚士と言えど、気が向かなければ命令など聞かない。術式の構造上、召喚士に神使の行動を制限する術は付与できないからだ。故に神使は人間である召喚士に必ずしも従う必要は無い」

「そう、なんだ」


 それは分かっている事だった。烏羽は平気で自由を謳歌しているし、言う事を自発的に聞いているだけで嫌になれば簡単に放棄できるであろう態度を貫いている。

 というか、最初に出会ったのが自由奔放な烏羽だったが為に後に加わった薄群青や紫黒にはやや疑問を覚えている。彼等はあまりにもプレイヤーの言う事をはいはい、と聞く姿勢だからだ。


「ならば何故、そこの薄色がお前の言葉通りに動くのか。簡単だ。召喚士は主神の代理。主神の意に沿う事が神使の最優先事項だからだ」

「ちょ……っと、それは聞き捨てならないッスね。俺は月城で庇ってくれたこの召喚士が良いな、とは思ってるんスよ、本当に」

「それは後付けの理由に過ぎんな。そのような事が起こらずとも、特に色の薄い神使は思考停止で召喚士に従う事だろう。そういう風に主神から設計されているからだ」


 どちらの言い分も嘘はないようだ。真実が両立できる類いの討論なので、現状おかしな所は無い。

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