10.重要事項(2)
嘘が分かる花実にとっては、黄都での件は一旦保留で決定だった。本件に関しては濡羽の供述が真実であるので、烏羽が如何に弁明しようが漏れなく全て嘘であり、聞く必要性が既に無かったからだ。
ただそれは、あくまで嘘が分かる花実のみの視点で語られる事実である。よって、対象者である烏羽の中ではまだその件に関する話が終わっていなかったらしい。
「ともかく、濡羽の言っている事は事実ではありません。ええ」
「まだその話続いてたの? 終わった後で聞くって。また逃げられちゃうじゃん」
「いいえ。事が終わった後の事情聴取は私に不利です。ええ、そうでしょう? 全てが終わった後に、濡羽が生存しているとは思えませぬ」
――……確かにそうだなあ。
ストーリー終了後、濡羽が自分達と意気揚々と肩を組んでいる図はまずあり得ない。また逃げられるか、討伐してしまって泥に還っているかのどちらかだろう。故に、話は『烏羽は何故、濡羽の要求を呑んだのか』というやらかした事が前提での話になる。
自分の視点としては濡羽の言葉は正しいのでそれで間違いないが、真偽不明だと思っている烏羽の視点では弁解のチャンスを失う事と同義だ。
「なに? 揉め事か……?」
睨み合っている相手である黒檀が難しそうな顔をしているのが伺える。そりゃそうだろう。仲間を一人葬った一団が、急に言い争いを始めればそんな反応にもなる。
そしてアタッカーである烏羽が弁解に夢中であるが為に、戦闘行動もストップだ。濡羽達は今頃、この機に乗じて逃げ出すつもりで思考している事だろう。どうにか烏羽をいなし、ストーリーの進行に戻らなければならない。
しかし、何と言って烏羽を躱す? 彼の望みは、嘘吐きは濡羽であるとプレイヤーを信じ込ませる事のようだ。それを認めてしまえば社で話を聞けなくなり、実質何故そんな行動に至ったかを知る機会がなくなる。
「大体、おかしいではありませんか。ええ、確かに私の行動は召喚士殿に多大なる不安を与えている様子……。ただ、よく考えてみて欲しいのですが、私の言にも濡羽の言にも真偽を見極めるだけの証拠がありません。ええ、そうでしょう?」
「……」
そう、証拠が無い。
小学生だった頃、探偵になりたいと親に言った事があった。なにせ、真偽を見分けられるのだからがっぽり金儲け出来ると浅はかにもそう考えたのだ。だが、浮かれきった花実に対し父はこう言った。
曰く、「お前は真偽の程を見分けられるが、何故そうなったのかの道筋を知る能力が足りない。本当に探偵になりたいのであれば、答えに至るまでの筋道をお前以外の人間が分かるように説明出来なければならない。何故なら他の人達には花実に真偽を見分ける特技があり、それが外れない事の真偽が分からないからだ。また、お前のその特技が本物であると証明する術は基本的には存在しない」と。
父は理論的な性格で、母は情に厚いタイプの性格をしていたが、そんな訳で父の事は少し苦手だ。ただ、理論的な父を持っていなければ自分は地元で屈指の電波ちゃんとして名を馳せていただろうが。
何が言いたいかと言うと、今まさに父が示唆した通りの展開になっているという事だ。困った事に、烏羽の嘘は丸見えだがその証明が出来ない。今までは嘘を吐く烏羽をそれとなく躱し、大変な事にはならなかった。
が、今回はその烏羽が食い下がってきて退く気配が全く無いのが問題である。食い下がられると弱いのだ。
黙ってしまった花実に対し、畳みかけるような猫撫で声で烏羽が囁く。
「確かに、黄都で貴方を放置してしまった事に関しては私が悪かったでしょう。ええ、申し訳ありませんでした。しかし、それだけで濡羽と裏で繋がっていたなどと疑われるのは――ええ、少し悲しいですね」
ゆっくりと息を吐く。
今の言葉に嘘はない。もうこの話は真偽がどうと言うより、プレイヤーである自分が誰を信用するのか、という事の方が重い問題となっているのかもしれない。
「ね? まあ確かに、迷子も最初の一瞬だけでしたけれど。ええ、すぐに現れなかったのも召喚士殿にちょっかいを出したかっただけです。呼べば行きましたよ、すぐにね」
「呼べば、きた……」
そういえば黄都では烏羽を呼ばなかった。その内ふらっと戻ってくると思っていたし、次から次にトラブルが起きて呼ぶという発想がなかった。割とすぐに白菫も来たし、フレンド召喚も解禁されて何とかなってしまったとも言う。
何より、ちょっかいを掛けたかったという烏羽の言葉は嘘ではなかったし、呼べば来たのも本当らしい。
だがそれ以前に、濡羽と裏で何らかのやり取りがあったのも事実ではあるのだ。
選択肢が二つある。
一つ、このまま真実を追究して烏羽に本当は何があったのかを問い質す。これを選んだ場合、烏羽は味方であるプレイヤーから裏切られたと考える可能性あり。
一つ、真実の追究を諦めて烏羽の望む通りに話を終わらせる。何のリターンも無いかもしれないが、恐らく彼から憎まれる可能性も一番低い。
真実の追究と烏羽の僅かながら存在する感情、どちらがより重いのか。
悲しいと言っていたのは嘘では無い。多少なり、濡羽の言葉を優先する事に引っ掛かりを覚える程度には召喚士に情がある事が伺える。
そして恐らくこれはもう、烏羽的な観点から言えば真偽はどうでも良いようだ。子供の駄々と同じ。「怪しい行動はかなり取りました。疑心も当然の結果。それでも私を信じるプレイヤーが見たい」、これが答えのような気がする。
「――……そうだよね。まさか濡羽と打ち合わせしてたなんて事、ある訳ないもんね」
「……! そうでしょう? ええ、誤解が解けたようで何よりです」
「だけど、嘘を吐かれるのは悲しい事だよね。……ちょっと気を付けて欲しいかな」
「え。ええ、勿論」
しおらしい態度からあっさり現金な態度に変わったので、うっかりチクチクと嫌味を言ってしまった。これくらいは許されるだろう。何故こっちが嘘を許容する流れになるのか。次はないから、と花実はこっそり心中で呟いた。
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