09.重要事項(1)

「次からは2体ずつ神使が固まっていますね。ええ、まあ、だからどうと言う事もありませんが」


 薄墨の事をさっさと忘れるつもりらしい烏羽がそう呟く。流石の切り替えの速さだ。

 そして、それは花実以外の面子にも言える事だった。


「主様。今の攻防で、私達の存在が露呈した可能性が高いわ」

「ああー。人数が多い所から奇襲へ行った方が安全だったかな」


 紫黒の言う事は尤もだ。どうしたものか考えていると、薄群青が意見を述べる。彼も彼でやはり神使の端くれなのか、存外と好戦的だ。


「それを逆に利用するのが吉ッスね。向こうはこっちに警戒しているんで、出来るだけ気配を殺して行きましょう」

「そうだね」


 それは具体的にどういう行動を取るのか。平和な現代日本で生活しているのでまるで想像出来なかったが、多分良いアイディアを述べていると思ったので同意しておいた。誰も薄群青の意見に批判的な言葉を言わないのできっとそうだろう。


「ふむ。何にせよ、貴重な成功確率の高い1回目の奇襲を、薄墨に使ってしまったのは失敗でしたね。ええ、もっと戦える面子にぶつけた方が効果的だったでしょう。ま、過ぎてしまった事は仕方ありません。次へ行きましょう、はい」


 こうして烏羽に案内されるがまま、2人組で待ち構えているであろう次の神使を目指して移動を開始したのであった。


 ***


 続いてやって来たのは、薄墨が借りていた家よりも幾分か大きめの家だった。ファミリーサイズといったところか。


「では、殿はこの私にお任せ下さい。召喚士殿」

「お、いってらっしゃい」


 率先して家に突っ込もうとする烏羽を止める必要も無いので、ゴーサインを出す。申し訳無いが戦闘に関する一切合切の事は平和な社会に生きてきた自分に聞かれても困るのだ。

 ――と、完全に花実のお守り担当と化していた薄群青が僅かに眉根を寄せる。


「何だか中、騒がしいッスね。俺達が村に入ってきてるって事は、向こうも把握してるみたいです」

「割と派手にやってたもんね……」


 ガタガタと中からは慌てて何かをしようとしている、そんな音が聞こえてきている。それが獲物の抵抗のように感じられたのか、烏羽の顔に嗜虐的な笑みが浮かんだ。薄墨のおかげで一瞬だけ下がったテンションは、再び上がって来たらしい。

 少しだけ考える素振りを見せた烏羽は戸に手を掛けた状態を一旦解いた。そして、右手で印のようなものを切る。

 ――と、周囲に清廉な水の気配が満ちた。

 どうするつもりだ、とその様を見守る――


「はい、お邪魔します」


 律儀にそう言って眩しい笑顔を浮かべた烏羽は、戸を開けると同時に室内へ発生させた濁流を放った。本来ならそんな場所に存在するはずのない大量の水が流れ込む様は、頭が混乱しそうな光景だ。

 これがただの人間であったら、流れ込む水に困惑し、立ち尽くした事だろう。が、中にいるのは人外。こういった事も予想の範疇ではあるのだろう。速やかに窓を破壊、2人の神使が転がるようにして室内から脱出した。


 現れた神使を見て、すぐに把握する。

 片方は濡羽。黄都であっさり取り逃がしてしまった、綺麗なお姉さん系の神使だ。もう片方は男性の神使。残念ながら初対面だ。見るからに筋肉質な体型でありながら、思慮深そうで精悍な顔つき。人間の年齢で言うと30代後半くらいに見える。


「濡羽と……もう片方は知らない神使だ」

「黒檀よ、主様。かなりしっかり者だけど、適度に力を抜いてくれて厳しくはないかな。良くも悪くも黒って感じ」


 渋いおじさま感のある彼は黒檀という名前らしい。見た目からして黒系統だが、名前もがっつり黒系である。


 そんな黒檀は花実を見、そしてじっくりと控えている神使を眺めて深い溜息を吐いた。


「もう来てしまったか……。悪いが、濡羽殿を逃がす事は難しいようだ。理屈はとんと不明だが、何故か大兄様もいらっしゃる」

「今回は見逃してくれそうにないわね。けれど、兄様の気分屋は今に始まった事じゃないさね」


 ――濡羽の言葉に嘘は無い。

 つまり、黄都で烏羽が疾走したのは濡羽を見逃すというやり取りを経たからであるらしい。そういう所が信用ならないんだぞ、と強化を強請ってきた烏羽に念を送る。これに関しては出来れば後で問い詰めたい所存だ。

 ただ、烏羽も言わせたい放題にしておく性格ではない。いつもの冗談めかした――嘘は嘘だと分かる態度を消し去り、濡羽の言葉に反発する。成程これは、本当に対象を騙くらかす為の真剣なフリをしている時のそれだ。


「おや、風評被害はお止め下さい。ええ、私が召喚士殿の敵をみすみす見逃す訳がないでしょう」


 ――うーん、ダウト! 全部嘘だし、普通に濡羽に軍配が上がる。

 胡乱げな瞳を烏羽に向けると、チラチラとこちらを伺っていた初期神使様は僅かに狼狽したような表情を浮かべた。


「どうされました、召喚士殿。ええ、まさかとは思いますが濡羽の言葉を信じるのですか? 黄都での私は、ちょっと道に迷っていただけです」

「……えー、烏羽くんにはこれが終わった後にお話があります」

「何故!? 会って間もない濡羽の言葉を信じると言うのですか!? ええ、大変心外です」

「うん、心外って表現は心がある人が使うものであって、烏羽の心外って言葉は……」

「失敬な。如何に神使とは言え、心くらいはあります。ええ」

「目に見えないものを信じるなんて~、みたいな事を1時間前くらいに言ってたよね?」

「ぐ……」


 烏羽は姑息で卑怯且つ最悪の性格をしているが、そうであるが故に馬鹿ではない。自分のした発言をしっかり覚えているのだろう。言葉に詰まったのを見てそう確信した。

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