08.黒系サポーター(2)
「さてさて、誰が出て来るのやら……。ええ、愉しみです」
本当に愉しみにしているであろう烏羽が、うっきうきでそうっと戸を開ける。開けて、そのまま固まった。
その様子を見ていた花実も、どうにか烏羽の巨体で塞がっている出入り口の隙間から中の様子を覗き見る。とはいえ、結構離れているので細かい所はよく見えなかったが。
「……あー……」
気まずいという感情を持っていたのか。ここで初めて、烏羽がそう言ったニュアンスの奇声を上げた。
中にいるのは少女の姿をした神使だ。
少し黒が強め、グレーのセミロングに同じ色の瞳。子役とかやっていそうな造形の整った、大人しい印象を受ける子供。表情は乏しいながらも、突如現れた烏羽に怯えた目を向けている。
――ううーん、確かにこれはやりづらい!
うっきうきだった烏羽のテンションが急降下したのにも頷けるというものだ。奴にそういう感情があったのも驚きではあるけれど。
「薄墨ね。黒で数少ない、薄色シリーズの神使だよ」
苦々しい顔で教えてくれたのは紫黒だ。というか、黒系統に薄色シリーズがいたのかとそれも驚きである。
「何だか凄く可哀相になってくるんだけど……。薄墨ちゃんも倒さないと駄目なのかな。一人くらい、見逃したって……」
理由は全く説明できない感情論ではあるが、薄墨に関しては攻撃をしようという感情が欠片も湧いて来ない。無害そうだし、小動物を虐めるような後味の悪さを既に覚えている。
――と、不意にそれまでフリーズしていた烏羽が大きく頭を振った。
そのまま急に家の柱に頭を打ち付ける。
「ええっ!? 何やってんの、大丈夫!?」
「――……ええ、問題ありません。術に掛けられていたようなので、物理的にそれを解いただけですとも」
「術?」
花実の問いに対し、烏羽は肩を竦めた。
「これも、弱者が身を守る為の術というものでしょう。ええ、薄色しりーずは貴重ですが召喚士殿が所有していないのであれば、貴重だろうが何だろうが関係ありませんねぇ」
「ま、待って。落ち着いて。相手は子供――」
花実の言い分を、烏羽が鼻で笑う。心底馬鹿にしたような響きは久しぶりだ。
「召喚士殿。弱者の生存戦略なのですよ、ええ。神使に貴方様より若い者などいません。ええ、当然ですね。故に薄墨は子供ではありません」
「……言われてみればそうだ!」
烏羽の言葉があまりにも真実だったので、ふと目が覚めるような心地を味わう。そうだった。そもそもこれはゲーム。何故、必死に倒すべき敵を庇っていたのか謎だ。それこそが烏羽の言う生存戦略、というやつなのかもしれない。
などと考えている内に薄墨が動く。怯えたような色は消え失せ――否、恐らく最初からずっと無表情だった。何らかの術によって、怯える子供の表情に見えていただけなのかもしれない。
恐ろしく無表情な薄墨が左手の平を烏羽に向ける。瞬間、細かい水の粒が無数に出現。間髪を入れず撃ち出された。さながら散弾銃のような勢いだ。
「主サン、危ないんで退避しましょ」
そこは冷静な薄群青。そそくさと花実の手を引き、薄墨と直線上で並ばないよう場所を変える。
一方でゼロ距離で水の弾を撃ち出された烏羽は、後続の事など欠片も配慮せず横にずれて回避。行き場を失った水の術は背後にあった無人の民家を蜂の巣にした。
成程、凶悪である。心なしか同じ薄色でも薄群青より余程、戦闘に長けているように感じられた。気になったので、それとなく薄群青に話題を振ってみる。
「何か、他の薄色シリーズと違ってかなり好戦的じゃない?」
「でしょうね。第一、黒っていう色が強いんスよ。白黒はどの色よりも我が強いッスからね。だからまあ、薄色シリーズとはいえ薄墨サンもそれなりに戦闘に長けてるんじゃないですか?」
確かに、絵の具を混ぜ合わせる時も白と黒は強い色のように感じる。黒なんてブチ込めば全ての色を台無しにしてくるし、白もあらゆる原色をパステルカラーに変える力がある。
そういう色同士のアレコレがゲーム内ステータスに薄く反映されているのかもしれない。現に、烏羽も強化を施していない状態でかなり強かったし。
考えている間にも事態は進行する。
家の中から薄墨が転がり出て来たからだ。戸の前から烏羽を退かせた事により、密室から抜け出せたのである。
不意にこちらに気付いた紫黒が歩み寄ってきて合流する。彼女は彼女で、薄墨との戦闘を烏羽に丸投げするつもりらしい。
ただ、丸投げも何も、そもそもあまり相手にならなかったようだ。
室外戦に移った薄墨に、烏羽が容赦無く水の刃を放つ。恐ろしい速度で飛来した刃は回避しようとした薄墨の左足をあっさり跳ね飛ばした。体勢を崩した彼女へ追い討ちを掛けるように放たれた刃がその細い銅を真っ二つに切り分ける。
地面に投げ出されたその肉体は、黄都での紫黒同様、汚泥に変わり果てて溶けていった。
「しょ、勝負にならないレベルか……」
「まあ、人望はアレですけど烏羽サンが強いのは事実ですからね。ま、味方のはずでも恐い相手ッス」
ぐぐっと態とらしく背伸びをした烏羽が、くるりとこちらを振り返る。そうして、嫌味たっぷりにいつも通り言葉を投げかけてきた。
「おやおや、私がこんなにも働いていると言うのに、呑気に観戦ですか? ええ、良いご身分ですねえ」
「ごめんごめん、お疲れ烏羽。いやー、強くて有り難いなあ」
「とってつけたようなお褒めの言葉、ありがとうございます。召喚士殿。ええ、全く心がこもっておられないようですが!」
クレームがウザかったので適当にいなそうとしたらバレバレだった。
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