4話:水底の村
01.いつかの社員
――今日も連絡、ないなあ。
花実は心中で呟いて鬱屈とした溜息を吐き出した。
親友とは定期的に連絡を取り合うような仲なのだが、ここ最近、連絡がない。特に急ぎの用事などはないが、他愛ない会話がずっと続いている。彼女は返事がマメだし、ずっと無言なのは珍しい。何かあったのかもしれない。
非常に心配だ。が、彼女の事だからその内、元気な返信がある気がする。
もう一つ溜息を吐いた花実は、今日もゲームにログインするかとハードを頭に装着した。
***
次に目を開けた時、眼前にはゲーム内の自室が広がっていた。
独り暮らしを始めたばかりの自宅より、ゲーム内の自室の方が見慣れているという異常な現象が起きつつある。
ぐぐっと背伸びをして、机の上に置いたままのゲーム内端末を上着のポケットへ。
――今日は何をしようかな。そろそろストーリー進めようかな。
最近気付いたけど、ストーリーを始めてしまうと身動きが取れなくなる。没入型が売りのゲームなので、考えないといけない事も多くて疲れるし始めるなら始めるである程度の覚悟が必要だ。
などと考えに耽っていると、戸を叩かれた。
「主サン、今日の分の結晶を持ってきたッス」
「ありがとう」
戸を開けて薄群青と対面する。彼から結晶を一つ受け取った。
「結構貯まったッスね」
「そうなんだよね。次は誰を強化しようかな。紫黒が全然強くなってないのが問題なんだよね」
「それもそうですけど、結局俺しか結晶の生成出来ないッスからね。焦らず、気長に行った方が良いんじゃないですか?」
「それは確かにそうなんだけどね」
烏羽がストーリーの進行を煩い程に勧めてくるので、なかなか立ち止まれないのが事実だ。
「まあ、取り敢えず今日は何をしようかな?」
「そッスね。まずは結晶を使っては? 主サンの好きなチャットを覗いたり……ああ、そういえばフリースペースにも最近行ってないのでは」
「フリースペース、行こうかな。ストーリー中はあんまり行かないし」
「なら俺が同行しますよ」
「ありがたい。よろしくね」
早速、外の門へ行き、フリースペースへ。あの空間は12サーバのメンバーしかいないはずだ。
***
フリースペースにはポツンとスーツを着た男性が一人しかいなかった。そして、よくよく見てみるとどこかで見たような顔だ。
「やあ」
目が合ったスーツの男性は薄く笑みを浮かべて片手を挙げた。そこでうっすらと記憶が蘇る。
そうだこの人、前もフリースペースにいた運営。つまり社員だ。
前回の時同様、非常にフレンドリーだ。
「久しぶりだね。ゲームは楽しんでくれているかな?」
「はい。楽しんでいます」
「それは良かった。ところで、時間があればまたアンケートに答えて欲しいんだけど、どうかな?」
「大丈夫です」
「ありがとう。ゲームをプレイしていて、何か不便な事や改善して欲しい事はあるかい?」
少し考えてみる。基本的に神使達は勝手に動くし、指示も口頭でゲーム画面を使う事がほとんどない。故に唯一の改善点があるとすれば――
「折角だから、もっと神使をストーリーに連れて行けるようにしたいですね!」
尤も、自アカウントには神使が3人しかおらず、パーティ枠を増やして貰ったとしても連れて行ける神使はいない訳なのだが。
そんな、小娘の意見に対し社員の彼は真摯に頷いて見せた。
「いいよ。そうだね、パーティの枠を増やそう」
「えっ!? そんな事を今ここで断言してしまっていいんですか?」
思わずそう訊ねる。花実の慌て振りを余所に、社員の彼は首を緩く振った。
「いやいや、アンケートを開催してからこっち、沢山のプレイヤーから増枠の意見は来ていたからね。早めに対応するって事で決まったんだよ」
――嘘は吐いていない。
嘘は吐いていないのだが、何故だか胡散臭い人に見えてくる。人は悪気などなくともポロッと不意に嘘を吐くものだが、こういった話題で欠片も嘘が無いのは逆に不気味だ。
つまり本当に近々パーティ枠を増やしてくれるという事でもある。
「5体くらい連れて行けたらいいかな?」
「そうですね、自分も含めて6人いる事になるし……」
「うんうん、了解」
――それ、ほぼ私の意見でゲームの改善をしようとしてない?
ちょっと恐くなってきた。自分以外、誰もフリースペースに来なかったのだろうか。
この後、少し待ってみたが誰もフリースペースに来ない上、社員と2人きりで気まずかったので解散した。
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