53.約束を守ると良い事がある
***
そんな事があった数日後。
花実はあまり良く無い緊張感に身を震わせていた。
というのも、またこの数日間、ただのログイン勢と化してしまい、嫌味の長い烏羽の限界ラインをとうに越えてしまっているからだ。というか、この間の召喚待ち期間よりも今回はログイン勢期間が長かった。
――怒ってるだろうな、烏羽……。
憂鬱になりつつも、既に貰っている本日分の結晶とここ数日で増えた結晶を見比べる。丁度、そろそろ烏羽をもう一段階強化出来る量があった。
これが本当の詫び石。この結晶を奴に献上し、機嫌を取るとしよう。実は紫黒も強化したかったが背に腹は代えられない。彼は不機嫌モードに入ると立ち直るまでが長すぎて、またストーリーを進められなくなる。
「どこ行ったかな。無駄に広いんだよね、社」
呟きながら自室を後にする。神使が3人になろうが、途端にここが賑やかになる訳もなく。本当は自分以外、誰もいないのではないかと錯覚する程度には静かだ。
心細い気持ちになりつつも、烏羽の名前を連呼しながら歩を進める。田舎の祖父母宅にいるような気分だ。あの家も広いけど静かで、ここと雰囲気が似ている。きっと、気分の問題なのだろうけれど。
「烏羽――」
「はい。お呼びですか? ええ、烏羽はここにおりますよ」
ぬるりとした声と同時、両肩に両手を置かれる。吃驚し過ぎて逆に声も出なかった。人間、本当に驚いた時は悲鳴すら出ないものである。
花実の驚いた顔を満足そうに眺めた烏羽は、それで? と首を傾げた。
「何用ですか、召喚士殿。ええ! 貴方が留守にしている間、非常に暇だったこの私に! 用があるようですが?」
「しっかり根に持ってる……」
が、前回の時よりは何故か怒っていない。怒気のメーターがランダムで振れるようになっているのか? 恐ろしいシステムを導入しないで欲しい。
ただ怒っていないのは面倒が少なくてありがたいが、ギャンギャン言わずに静かなのも不気味だ。結局、こういう道化っぽいキャラクターは何をしても不気味だと、そういう事なのかもしれない。
これ以上、烏羽を待たせて不機嫌にさせても嫌だったので、花実は用件を切り出した。
「私がいなかった間に結晶が貯まったから、強化しようと思って」
ほう、と烏羽の表情がとうとう無になる。異様な緊張感に口を噤むと、ペラペラと奴は言葉を続けた。いつもよりやはり静かで、それが何だか恐ろしい。
「黄都では何の役にも立たなかったこの私を、強化すると? ええ、どうされたのです? てっきり、その結晶は紫黒へ回すものかと。それに全然、自室から出て来られないので……。ええ、げーむ離れしたのかと! そう思いましたよ。ふふ……」
――返しを間違ったらヤバそう。
漠然とそんな不安に襲われる。狂人を前にしているような、一種異様な緊張感と言えばそれが一番正しいだろう。
そして何より恐いのが、大嘘吐きである烏羽の、今の言葉に嘘が一切無かったという事。もしかして即死イベントでも始まったのか。
数秒で色々と考え、やがて花実は腹を括った。
ゲームとは思えない圧と緊張だが、それに屈してはならない。黙り込むのは不正解だと思われる。
ここは正直に、変な嘘は吐かず大して怒っていない事を伝えるべきだ。ゲーム離れするようなイベントじゃなかったと、安心させる烏羽イベントに違いない。というか、結局の所、白菫が救援に駆け付けてくれたので別に何だっていい。
「――まあ、別にゲームが嫌になった訳じゃないよ。ただ、大学の入学が近いからそっちに時間が割かれていただけ。前回のストーリーも、特に損害があった訳でもないから、別に今更どうでも……」
「ほう」
「強化については、確かに紫黒も強化したいけど……。前の時に次は烏羽だって言ったしね。そっちが散々ゴネたんだからもっと喜びなよ」
「ふぅん。それで? 本当にそれだけですか。ええ、胸に手を当てて考えてみた方がよろしいのでは?」
「えっ? 何の事か分からん」
それ以上、言うべき事は無い。何故かこちらが悪い、みたいに言いたげな烏羽だが今回こっちに非は無いだろう。仕事をブッチした初期神使には非があるけれど。
腑に落ちないでいると、勝手に納得した烏羽は偉そうに鼻を鳴らした。
「貴方、本当に思った事が顔に出ますね。ええ、嘘を吐くのが下手でしょう?」
「いやいや、烏羽の嘘だってそっちが思っている以上にバレバレだからね。気を付けて欲しいわ」
やんわりと事実を述べてみたのだが、烏羽には小馬鹿にしたような笑みを向けられてしまった。いや、あまり言いたくないが本当に真偽の程は筒抜け状態なので肝に銘じて頂きたいものである。
というか、指摘しているのは『嘘らしい嘘』ではなく、烏羽が本気で人を欺こうとしている時の嘘もバレバレという話だ。流石にそこまで言ってしまえば、変な指摘というか、データの読み込み問題でバグりそうなのでやらないけれど。
しかし、どうやら受け答えは間違っていなかったようだ。目に見えてハッキリと変わった訳ではないが、烏羽を取り巻いていた圧が霧散する。
何やかんや言いつつ、彼はやはり都守とかいうレア神使。キレさせれば相応に恐ろしいし、何するか分からない狂人感もあるしで、他のキャラクターと違ってイベント盛り沢山だ。
「じゃあはい、機嫌も直ったみたいだからコレ。次は何が解放されるんだったかな」
「頂きましょう。ええ」
烏羽に欠片を渡し、端末で強化情報を確認する。
――精神感応系術の解放。
えらく不穏な強化内容だし、今まで使えていなかったのか? 甚だ疑問である。そもそも、プレイヤー側の神使がこれを使っている所がイメージできない。敵は大抵、同じ神使だからだ。
「この術って今まで使えなかったの?」
「ええ。使えませんでしたね。ただ……解放されたからと言って、使う機会はなさそうです。ええ」
「だよねー。あ、でも、次本命じゃん。特殊能力解放」
「……」
何故か返事がなかった。急に無視されて意味が分からなかったので、花実は端末から顔を上げる。
「ところで、召喚士殿」
「え、なになに?」
「黄都での事なのですが……ええ、まさか月白がいませんでした?」
「……あ、あー……」
最初、どうして烏羽が不機嫌で且つ若干怒っていたのか分かった。その場に彼がいなかったから失念していたが、そういえばシステムメッセージで月白&烏羽は同時に存在させない方が良い、みたいな事を言っていた。
気配でも感じて苛立っていたのだろうか? そうであれば、致命的な仲の悪さだが。表情を伺ってみると、心底不快そうな顔をしている。しかも、そこに嘘はなく真実しかない。
「月白ね、フレンドから借りた」
「ああ、例の忌々しい機能ですか。ええ、月白を召喚している他ぷれいやーがいるとは驚きです」
「それもそうだね」
「しかし、気を付けられた方が良いですよ。ええ。我々が顔を合わせる事などがあれば――それはもう、とんでもない殺し合いに発展しかねませんからね、ええ」
何ソレ面白そう。純粋にそう思った。そしてこれはフラグだ。月白と顔を合わせれば、新しいイベントを見られるのだろう。
そんな花実の考えを読み取ったのか。或いはプログラムされた台詞だったのか。烏羽は珍しく本当に眉根を寄せ、念を押すように言う。
「本当に遊び半分でそのような事はなさらないように。ええ、忠告しましたからね」
「分かったって」
「ちっとも分かっていないではありませんか!」
――面白。次もまた白星さんに月白借りよう。
花実は心中で決意し、こっそりほくそ笑んだのだった。
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