50.避難指示(2)
「それで? ここからどうする?」
「私達は、召喚士様の指示に従うけれど、その決定も現状をどうするべきか話し合わなければ決められないからね」
沈黙を破ったのは、いやに静かな白菫の声だった。また、白花が兄妹での意思をも添える。
愉しげな烏羽はプレイヤー側の神使だからだろうか。あまり焦りは感じられない。奴の事だから、自分達は門で脱出できると当然分かっているのだろう。
「さあ、黄檗に黄都を任された神使の手腕、しかと見せて頂きますよ。ええ」
意地の悪い烏羽の言葉に、あっさりと応えて見せたのは藤黄の方だった。
「いえ、これからやるべき事はもう決まっています。召喚士様及び、僕以外の神使は召喚士様が使用できる社への門を使って黄都から脱出して下さい」
「えっ」
「すいません、召喚士様。僕は現場責任者として黄都に残らなければなりません。民を置いて行く事になるので……。ただ、山吹さんは連れて行って頂いていいですか? 彼女、割と使えると思うし」
「住人は避難させられないんだね」
花実の問いに藤黄は肩を竦める。
「無理ですね。設計に関わったので知っていますが、社に今居る住人を押し込める空間はありません。現状を打破出来るのは主神が遺した召喚士だけであると考えた時、半狂乱の住人と同じ空間に押し込むような事は推奨されない。それに、数にあまりにも限りがある状態での――まあ所謂、蜘蛛の糸状態では暴動もやむなしといった所です。あまりにも危険だ」
「藤黄くん……。案外、職務に忠実だよねー……」
「何を言っているのさ、僕達が誇れる事なんて職務に忠実な事以外、ないんだよ?」
「それは確かにー……」
言葉を失っていると、この場で唯一の都守である烏羽が鼻を鳴らす。つまらなそうだった。
「実にあっさりで面白味に欠けますね、ええ。これだから黄色とは反りが合わない」
「ちょっと、烏羽サン。アンタ、反りの合う色なんて一つもないでしょ……」
「とはいえ、判断としては至極正しい。それもまた、面白味に欠けますが。ええ。というか、住人を切り捨てる事に躊躇いはないのですか?」
烏羽のこれまた露骨に嫌味な質問、しかも投げやりなそれに藤黄は小さく溜息を吐く。うちの初期神使が本当にすまない。
「はい、躊躇いはありません。現状において手引き通りの処置をしたまでの事ですから。それに、まあ、これは情報に基づく何かとは言い難いのですが……。いずれは召喚士様が汚泥の底に沈んだあらゆるモノを回収してくれると信じているので」
「信頼? はは、会ったばかりの相手によくもそのような感情を抱けますね。ええ」
「個人を信頼しているのではなく、僕は僕達が作った召喚士という仕組みを信頼しています。他の誰でもなく、自分達の手腕を」
「ハッ! 大層な志ですねえ、ええ。そういう所が本当につまらないんですよね、黄色は」
烏羽の憎まれ口をスルーした藤黄が、花実へとその目を向ける。ずっと仕事漬けで死んだような目をしていたそれは、珍しく意思の力を感じさせた。
「僕達があまりにも忙しかったせいで、召喚士様には不快な思いをさせてしまいました。代わりにはなりませんが、残された時間で社に有益な贈り物が出来るよう、務めさせて頂きますので」
「あ、ありがとう」
全然顔を会わせる機会は無かったが、普通にプレイヤーに好意的だ。ある意味、黄都が陥落した事で仕事から解放されたからかもしれない。今までは消え失せていた余裕を感じ取る事が出来る。
ふん、と花実と藤黄の会話に鼻を鳴らした烏羽が発言する。
「感動の最期も結構ですが、そろそろ撤退するべきでは? 召喚士殿、社へ戻る為の門を」
「あ、ああ、うん」
しかし、ストーリー上で門を使う演出は今の所見た事がない。
思いながら端末を取り出し、それに視線を落とす。補助機能だろうか。珍しく画面に大きく『帰還しますか?』と表示されていた。親切。
はい、をタップするとすぐに見慣れた門が室内に出現した。
「召喚士様」
ここに残ると決めた藤黄が声を掛けて来たので、そちらを見やる。
「黄都の問題を解決して下さってありがとうございます。今回はこのような事になってしまいましたが、貴方のせいではありません。どうか、お気になさらず」
「あ、うん……」
「それではまた、いつか出会えるといいですね」
ぎこちなく微笑んだ藤黄が手を振る。
――吃驚する程、実際には人格者だったなあ。黄色コンビ……。
そう思いながら花実もまた、手を振り返した。背を烏羽に押される。
「さ、召喚士殿。行きましょうか。この即席結界もそう長くは保ちません。ええ、黄都と心中するつもりはないのでしょう?」
「ええ、台無し……。藤黄、山吹は結構好きなキャラだったなあ……」
「はあ? 仕事にしか興味の無い連中ですよ。いいから早く、社に戻ってください。ええ!」
「せっかちすぎる……」
たくさんの『召喚士』に関する情報と、結界の話、都についての話題と黄都は色々な情報をプレイヤーに提供してくれた。こういった終幕は残念ではあるが、これも次のストーリーに関する布石なのだろう。
――でもやっぱり、唐突な敗北はどうかと思うけどね!
心中で呟きつつ、門を潜る。こうして、黄都でのストーリーは終幕と相成ったのだった。
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