48.アタッカーの不在(5)
唐突な乱入者もとい月白の存在に、数瞬だけ時が止まる。やがて、最初に事態を把握したのはプレイヤーが召喚した神使達だった。
「ああ、フレンドから借りてきた神使ね。そういえば忘れてたッス」
「月白を借りてくるなんて、なかなか豪華ね……。大兄様はとても嫌がりそうだけれど」
一方で事態を飲み込めないのは現地の神使である、白菫と濡羽だった。
「えっ、あ、姉様……!?」
かなり動揺している白菫に対し、濡羽の顔色は青を通り越して最早白い。その黒々とした瞳が、非難するように花実を睨み付けた。
「これが召喚士の力って訳? どういう原理なのかは知らないけれど、都守を喚ぶなんて少しばかり卑怯なんじゃないの」
「いやでも、私が戦えない事を差し引いたら、このくらいないと割に合わないというか」
「真面目な返しは要らないんだよ」
喚ばれてからこっち、言葉を一切発さない月白はゆったりとした動きで花実の方を向いていた顔を、濡羽へと向ける。その一挙一動から目が離せない。スター性というか、注目してしまう『何か』があるのは確かだ。
穂先を空へと向ける形で握っていた槍。月白はそれを曲芸師じみた鮮やかさで反転させ、構え直す。切っ先は濡羽へ、柄は天井へ。
臨戦態勢に入ってようやく、彼女は口を開いた。
「こんにちは。白星から聞いているかと思うが、私は月白。我が主が世話に――」
挨拶は途切れた。
というのも、何の合図もなく濡羽がこちらへと発砲したからだ。しかし撃ち出された弾は不可視の壁に激突、花実に届く事は無かった。
「失礼、長話をしている場合ではなかったな。先に奴を討取ろう。暫しお待ちを」
言うが早いか、月白が左手の平を濡羽へと向ける。瞬間、どこからともなく現れた鋭利な金属片複数個が、それぞれ別々の軌道を描いて濡羽へ襲い掛かる。驚く程、喧嘩っ早くて頭が追い付かない。
突然の飛来物に目を見開いた濡羽が慌てた様子で屋根から転がり下りた。大きく移動する事により、飛来物の幾つかを回避。そうして残った直撃する軌道のそれは結界で弾く。
彼女を傷付けるには至らなかったが、屋根の上から下りたが故に、こちらの神使達は『屋根を上る』というアクションが不要になった。
位置取りの優位を失った濡羽の瞳が不安げに揺れる。それを見逃すはずもなく、刺突の構えで姿勢を低くする月白が、今まさに駆け出そうと両足に力を込める。
が、濡羽への強襲には至らなかった。
突如響く、カラスの鳴き声。田舎育ちなのでよくよく知っている。夕暮れ時によく聞くその鳴き声は、それ以外のものと聞き間違えようはずもなかった。
ハッとして顔を上げる。
先程まで濡羽が立っていた屋根の上に、やはり真っ黒な羽を持つ鳥、カラスが止まっているのが見えた。どうしてここにカラスが? そもそも、都や町には汚泥から守る為の結界が張ってあり、ここにカラスがいるという事は結界が完成したその日から外に出られていないという事になるが――
「召喚士殿。貴方が飼っているカラスは――」
やはり彼女は言葉を遮られる定めにあるらしい。
月白の言葉は、今度は分厚いガラスをハンマーで叩き割ったような音で途切れた。彼女は目を丸くし、周囲を見回す。いち早く何が起きたか理解していない花実に状況を教えてくれたのは、やはり薄群青だった。
「黄都を覆っていた結界が、破壊されたッス」
「えっ!? それってマズいのでは?」
「そッスね。汚泥が大挙して押し寄せてくるでしょ。四方から入ってきて、すぐに逃げ場がなくなると予想されますね」
どうにかしなければ。即死イベントのような気がする。というか、今まさに追い詰めていた濡羽もどうにかしなければ。
「って、あれ!? 濡羽はどこに行ったの!?」
「主様。今の騒動に便乗して、物凄い速さで逃げて行ったわ」
何て奴だ。この隙に乗じて逃げ出すとは。
そして悪い事はまだ続く。冷静で感情の伺えない月白の声が耳朶を打った。
「それはいいが、私もそろそろ時間切れだ。黒桐殿、どうか我が主と仲良くしてやってくれ。それでは」
早口でそう言うと、彼女は光の粒子となってあっさり霧散した。何故、プレイヤー名を知っていたのかも謎過ぎるが、今はそれどころではない。
介護かと言わんばかりに花実の腕を捕まえている薄群青が、今まで自分達がいた黄檗の依拠を見つめる。
「この状況なら中央に寄るのが先ッスね。山吹サンとか、藤黄サンに会った方がいいと思います」
「そ、そっか」
「それで、一応これからの事を聞いてから社に戻りましょ」
――確かに、私は自分の社に戻る為の門をいつでも出せる。
が、彼の言う通り黄色二人を置き去りに自分達だけ逃げる訳にはいかない。白菫も白花を心配しているだろうし、何より気掛かりなのはストーリー中の神使達を社というメタ的な場所に連れて行けるのかという事だ。
しかし、薄群青が遠回しにそうアドバイスしてくるので一先ずはその言に従うとしよう。
結界が壊れ、遮るものの無くなった空を何とはなしに見上げる。雲に覆われている空だったが、不意に透明なドーム状のそれが奔る。どうやら、もう結界を張り直したようだった。
「何かあれ、結界張ったんじゃない?」
「それでも、あの一瞬で大量の汚泥が内部に侵入した事でしょう。恐らくはそう簡単に対処できない程の、汚泥が」
そう言って白菫は酷く険しい表情を浮かべる。この感じからして、黄都は詰みなのかもしれないなと、そう思った。
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