39.住人(1)

 ***


 最初の結界係は紫黒が担当し、都へ再度やって来た。白菫が教えてくれた西側のポイントは目前だ。

 目前なのだが――もう既に、そこだけ様子がおかしい。

 まず、結構な数の住人が往来を行き交っている。活気づいている、とは言えないがゴーストタウンの体を成していた他の区画に比べればかなり賑わっているだろう。彼等は流行病が恐くないのだろうか?

 そんな疑問を覚えると同時に、件の薬師がここにいるという可能性がぐっと高くなったのを感じる。そう、彼等はきっと恐くないのだろう。病に効く薬があるのだから。


「人がたくさんいる」

「そッスね。まあ、これだけ人間がいれば薬師とやらの情報も入手しやすいんじゃないですか?」


 なるほど、聞き込みか。知らない人に話し掛けるのは大変苦手とする事なのだが、これはゲーム。緊張していても仕方が無い。


「よ、よーし、声を掛けるぞ……!」

「そのように力む必要がありますか? ええ」


 肩に力が入っている花実を見て、烏羽が鼻で笑う。その挙動は真実で固められており、呆れている表情が嘘ではない事を物語っている。本当に人を罵倒する時だけは思っている事をそのまま言ってしまう、とんでもない奴だ。

 見かねたのか、紫黒がおずおずとプレイヤーに対して申し出をしてきた。


「主様。そんなに緊張するのだったら、私と薄群青で聞き込みくらいしてくるけれど」


 おや、と烏羽が神経質そうに眉を吊り上げる。


「今、極々自然に私を除外しましたね? ええ、この烏羽に聞き込みが出来ないと?」

「えっ……。聞き込み、されるんですか? 大兄様」

「いいえ、やりません。ええ、出来ないのではなく、やらないのです」

「そ、そうですよね」


 じゃあ私の言い分が合ってるじゃん、とそう言いたげな紫黒はしかし、空気の読める神使だったので言葉にはしなかった。

 ともかく、紫黒の申し出はまさに渡りに船。一も二もなく花実はその提案に飛びついた。ゲームだゲームだ、と言い聞かせてはいるがやや恥ずかしかったので本当に助かる。


「それじゃあ、紫黒と薄群青に聞き込みをお願いしようかな。あ、烏羽は変な事をしないように私と待機ね」

「ええ? 貴方も私が何かをやらかすとお考えなのですか? 悲しいものですねぇ、こんなにも長い付き合いなのに……」

「1ヶ月にも満たない付き合いなんだよなあ。しかもここまで、性格に関する株は全然上げられてないからね。烏羽。性能面では頼りになるんだけどなあ……」


 大袈裟に泣き真似をする烏羽を完全にスルー。こんなの、嘘を見抜く特技なぞなくても大嘘だと分かる。多種多様な偽りを取り揃えており、一体どこで学んだのか気になるばかりだ。そういう裏設定があれば嬉しいけれど。


 不満を言う初期神使は置いておいて。2人の神使はプレイヤーに対して忠実だ。花実の指示に対し、肯定の意を示す。


「分かりました。そんじゃ、すぐ戻ってくるんであまり遠くへは行かないで下さいね」

「手分けをしよう、薄群青。幸い、人間が沢山いるから取り合いにはならないわ」

「うッス」


 どのルートが効率的かを話し合いながら、性格的には信用できる神使2人は歩き去って行った。実に頼もしい事だ。


 ***


 十数分後。

 薄群青が先に花実の元へ戻り、それから数分後には紫黒が戻ってきた。偉そうに腕を組んでいた烏羽が、これまた偉そうに指示を出す。


「それでは。召喚士殿も待ちくたびれております故、情報の共有をしましょうか。ええ、実りのある情報があれば良いのですが」


 肩を竦めた薄群青がそれに応じ、報告を開始する。


「まずは外見的な特徴から共有するッス。性別は女性。そッスね、良い身なりをしているそうですよ」


 そうね、と紫黒が頷く。


「私も特徴を聞いたけれど、大層美しい女性だそうよ」

「ごめん、ふと気付いてしまったんだけど、ちょっといい?」


 花実は不意に報告を遮った。誰かが嘘を吐いているだとか、そういう事ではない。もっと根本的な話というか、全てが茶番になりかねない話だ。


「え、紫黒って黄都にいた紫黒と記憶を共有しているよね? ……薬師がどんな見た目で、何て言う名前で、結局は何者なのか知らないの?」


 知らないのならストーリー上関わりが無さそうなので、調査打ち切りである。知っているのであれば、無駄な時間を過ごした事となるだろう。

 しかし、問いに対する答えは何故か烏羽が述べた。


「そんなに先の事が知りたいのですか、召喚士殿? ええ、そんなに急ぐ事など無いでしょうに。答えが分かっている状態で物語を進めて、何か楽しい事があるのですか?」

「ええ? ネタバレ防止でこんな回りくどい事になってるの?」

「ええ、ええ。そうですとも! 紫黒が何も知らないはずなどありますまい。ですが……私、新鮮でないモノが嫌いでして。ええ、何が起こるか分かっていては召喚士殿の新鮮な反応が愉しめないでしょう?」


 これは――運営が用意したネタバレ防止策なのだろうか。ストーリー進行が遅いプレイヤーが、召喚した神使からネタバレを食らわない為の措置。ただ、それが何故か烏羽の言動で発動しているのが謎ではあるが。

 紫黒に目を遣る。非常に困った顔をしており、花実の問いに答えるべきか、大兄の意見を尊重するか考えているようだ。彼女は烏羽を非常に恐れているので、恐らくは彼の意に従いたいのだろう。


 どうするか思考を巡らせる。ややあって、花実はその首を横に振った。


「まあ、ネタバレがそんなに嫌だって言うのなら、このまま普通にストーリーを進めようかな」


 成るように成るのだから、先の事など聞いても仕方が無い。所詮は誰かの書いたシナリオ上を走っているのであり、先が分かったからと言ってシナリオが劇的に変わるはずもないだろう。

 角の立たない、ネタバレしない方針に決めたからか、烏羽がやや機嫌良くなった。

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