40.住人(2)
「それでは、召喚士殿もこう仰っている事ですし。ええ、報告を続けて下さい」
ご機嫌になった烏羽は当然の如く現場指揮を執ってそう言った。都守というリーダー的な存在である以上、特に意識していなくとも指示を出してしまうのかもしれない。
何事もなかったかのように、薄群青が更に新しい情報を話始める。
「これもまあ、既出の情報ではあるんスけど、病に関する特効薬を持っているそうッス。最初から言われてた事だけど」
「少なくとも黄都の住人達は、薬師に感謝の気持ちを持っているみたい。他の地域にも早く薬が行き渡るよう、お願いをしているようね」
確かに特効薬が行き渡っているのはこの区画のみ。何故もっと配らないのだろうか? 薬が足りていないのか、或いはもっと別の理由か。
考えていると、不意に往来を歩いていた一般人女性と思わしきその人が、こちらへ近付いてきた。何だ何だと花実は顔を上げてそちらを見る。どうやら彼女は紫黒に用事があったようだ。
「あらあら、先程の神使様と……お連れ様ですか? もしかして、先程聞き回っていた薬師を捜しているのでしょうか」
どう答えるべきか判断しかねたのだろう。紫黒がプレイヤーへと視線を送ってくる。場所を教えてくれるのなら有り難いので、聞き出して欲しいという意を込めてゴーサインを送った。
小さく頷いた紫黒が、今度は淀みなく言葉を紡ぐ。
「ええ、そうなの。私達も是非、その薬師に会いたくて。良ければ居場所を教えて貰っていいかしら。ああ、案内はしてくれなくて大丈夫」
「そうですか。薬師でしたら、3つ目の角を曲がった、角の宿に泊まっているようです。今、部屋にいるかは分からないけれど訪ねてみて下さい」
「分かったわ」
「そういえば……不躾ですけれど、そちらの大きな男性に薬師は少し似ているような気がします。男女なので外見は差ほど似ていませんが、その、雰囲気が。気怠げで怪しげといいますか。そんな感じの方ですよ」
「……そう、ありがとう。早速行ってみるわ」
にこやかに手を振った親切な女性と別れる。
かなり有意義な情報を残していってくれる、NPCの鑑のような存在だった。
「烏羽に似てるって言ってたね。え、まさかまた黒系神使……」
花実の言葉に対し、烏羽が大袈裟に傷付いたような顔をする。勿論、挙動から何まで全て嘘で呆れしか抱けない。
「おお、何と酷い事を仰るのです、召喚士殿! この烏羽、ずっと誠心誠意貴方様にお仕えしていると言うのに。ええ、ええ、とても悲しゅうございますとも」
「はいはい。それじゃあ、目的地に行こうね。えーっと、道順何だったっけな……」
薬師の泊まる宿とやらに足を向けたつもりだったが、即座に薄群青から肩に手を置かれて押し止められてしまった。
「主サン、そっちじゃないッス。逆、逆。もしかして方向音痴なんスか?」
「いや別に。土地勘がない場所に弱いだけ。スマホがあったら調べられるのに」
「この世界にそんな便利品はないッス。でも、俺がいるのでその機械よりはしっかり道案内しますから」
「お、流石! というか、スマホ知ってるんだね」
「主サンに支給されてるその四角いヤツみたいなのの事を言うんでしょ。まあ、端末って呼ばれたり、スマホって呼ばれたり色々みたいッスけど」
もしかしてAIとして一番成長しているのは薄群青なのかもしれない。初心者御用達なので当然と言えば当然の事なのだが。
薄群青に案内されるまま、目的地を目指す。花実達が動き出せば、烏羽や紫黒も着いてきた。
「――……あの」
「え?」
唐突に声を発したのは紫黒だ。彼女は何か言いたげに口を開け閉めすると、とうとうその場に足を止めてしまう。怪訝そうな目を向ければ、彼女は悩ましげに首を振った。
「あの、大兄様」
「おや、私に何か用ですか? ええ、手短にお願いします」
「分かっているとは思うのですが、私、この先にいる神使が何者なのかハッキリと知っています」
「……ええ、それで?」
「黙っていても仕方が無いので、主様にその情報を開示したいのですけれど。もういいですか、こんな真似は止めて」
やはり、薬師とは何らかの神使なのか。この発言のせいで分かってしまったも同然だが、烏羽がどういう反応をするのかあまりにも未知数で、続く言葉を待ってしまう。
ほう、と烏羽は目を眇めて吐息なのか溜息なのか分からない息を吐く。
「もうその発言が、召喚士殿の興を削いでいるとは思わないのですか? ええ、あまりにも情報が一杯に溢れた確認でしたねぇ、紫黒」
「それは、そうですけれど……」
「どうされますか、召喚士殿? 紫黒はこのように言っておりますが」
戦闘が避けられない状態にあるのは既に明白だ。故に、花実は端的な結論を下した。
「え、戦う事が分かっているんだったら、相手の情報知りたいけど。勝てなさそうなら数日空けてから挑みたいし」
「もう! 台無しですよ、召喚士殿!」
「いや、これも戦略でしょ。文句ならこういう仕様にした運営に……。あ、データだったわ」
彼等彼女等があまりにも――生き物のように見えてしまうので、時折ただのデータである事を忘れてしまうのが恥ずかしい。外では絶対に考えてから発言をしないと、この歳になっても夢見心地な少女思考だと思われてしまう。
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