38.有力情報

 ***


 戦闘から数十分が経過した。

 まず第一に白花だが、結果的に言えば正気に戻す事が出来なかった。やはり紫黒が言った通り術者を叩く必要があるようだ。なので、彼女は今、拘束した状態で放置している。あまり暴れる事もないけれど。

 加えて室内で戦闘などすれば当然ながら、部屋が荒れる。倒れた椅子やら机やらを元の場所に戻し、一段落して今の状態に戻ってきた。


「おかしいな、ゲームのはずなのに……何かどっと疲れが」


 肉体労働の疲労とそっくり同じな疲労が全身を襲っている。帰宅部エースだった花実は、当然ながら身体能力が低く、体力も平均的な女子大生の下を行くタイプの学生だ。ちょっと重い物を動かしただけでこのザマである。


「大丈夫? 主様。これでも飲んで、少し休憩しよう」


 そう言いながら湯飲みを渡してきたのは紫黒だ。いつの間に茶など淹れてくれたのだろうか。ゲームなので飲み物など関係無いのだが、一応ありがたく頂く。何故か喉が潤ったような気がした。


 ふむ、と片付いた室内を見回した烏羽が不意に言葉を溢す。彼は早々に片付けに飽きて、白花を見張っておくなどと抜かし、一番に肉体労働から逃げたのでピンピンしている。


「休憩もよろしいのですが、本来の目的をお忘れですか? ええ、事の解決に当たると仰っておられたではありませんか。召喚士殿」

「そうは言ったけど、ちょっと待って、疲れた」

「ええ? この程度で? 大変に申し上げにくいのですが、あまりにも体力がなさ過ぎるでしょう。ええ、日常生活に支障を来しそうでこの烏羽、心配でございます」

「嘘吐け……」


 心配の件が完全に嘘だった。本当に良い性格をしていると思う。

 しかし、烏羽の言う通りいつまでも休憩していてはストーリーが進まない。疲れた身体に鞭打った花実は、直したばかりの椅子に腰掛けた。それに倣い、散り散りだった白菫を含む神使達も空いている椅子に着席する。

 全員が各々の椅子を確保したのを見て取り、烏羽が発言を開始した。


「ええ。では、今後の行動方針について話し合わねばなりますまい」

「いいでしょうか、召喚士様」


 プレイヤーへとそう伺いを立てたのは白菫だ。勿論、何も今後の事など考えていなかったので続きを促す。


「洗脳下にある白花には一人以上の見張りが必要かと思われます。貴方様の所有する神使が少なければ都に同行しようと考えたのですが、紫黒が加わり、3体も神使がいるので俺は不要かと。どうされますか? それとも、見張りを別の神使に変えて都へは俺を連れて行くという判断でも問題ありませんが」


 ――ああ、ゲスト神使なんだ。白菫って。

 今までゲストの力を使えた事は無かったが、今回はそういう選択肢がまだ残されているらしい。ありがたい事だ。

 ただ白菫と交換で、自分が連れている神使をここに残す必要があるらしい。3体編成と聞いているので、数を合わせる為の処置だろう。

 そして当然の如く、やはり都へは行かなければならないようだ。目的は勿論、白花に洗脳系の術を掛けた神使の討伐。紫黒は黒幕と言うにはあまりにも優しすぎたので、そちらが黄都における真の黒幕なのだろう。


「どうしようかな。取り敢えず、烏羽は固定メンバーとして……」

「ええ、ええ! そうでしょうとも、当然の事ですねぇ」


 ――いや、他にアタッカーおらんがな。置いていけないでしょ。

 心中で突っ込む。白菫の性能については全くの不明だが、紫黒はバフ・デバフ担当らしいし、薄群青に至っては戦闘向きでないと明言されている。まともな戦闘ができるのは、我が社では烏羽だけだ。

 一瞬、薄群青と白菫を入れ替えようかと考えたが止める。折角強化したし、連れ歩きたい。では紫黒と入れ替えも迷ったが、今日来たばかりの新入りに留守番をさせるのも酷な話だ。データ相手に何を考えているんだと我ながらそう思うけれど。


「やっぱり自分の社の面子で行くから、白菫は白花を見ててあげてよ」

「承知致しました。とはいえ、黙って見ている訳にもいきません。何かあればすぐにお申し付け下さい」

「大丈夫でしょ、烏羽いるし……」


 戦闘面での安定感はやはり烏羽が随一だ。いかに信用ならない性格だったとしても。


「都のマップ対策も、3人神使がいれば大丈夫だよね。結界とかいうのを回し張りさせればいいんだから」

「ええ。安心して、主様。私、術が得意だから薄群青より長持ちするはず」

「おおー、有り難い。出来れば烏羽の手は空けておきたいし」


 あくまで傾向の話にはなるが、烏羽は物理・術両用で、薄群青は物理、紫黒が術でかなりバランス良くパーティが組めている気がする。尤も、烏羽の素殴りなど数える程しか見た事はないが。


 そういえば、と白菫が手を打つ。何かを思い出したようだ。


「都にいるという、薬師も捜すのでしたよね。というか、黒幕と同一の存在である可能性が若干ありますので、出来れば所在を確認して頂きたい」

「あ、そういえばそんな話もあったなあ、忘れてたよ」

「いえ、今思い出して頂けたのなら結構です。それで、薬師の所在については白花がああなる前にこちらでも調査しておりました。あと調査していないのは都の西側。ここから調べてみるのがよろしいかと」

「分かった、じゃあそうしよう」


 決まりですね、と烏羽が立ち上がる。ストーリーに待ったをずっと掛けていたので、かなり浮き足立っているようだ。奴のやる気がある内に、戦闘行動を終えたい。

 そもそもストーリーを進める為に、ここへ来たのだ。もたもたしていても仕方が無いので花実もまた椅子から腰を浮かせた。

 都に出発だ。

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