34.そっくりさん(2)
「主様」
紫黒の呼び掛けにより、ハッと我に返る。彼女は険しい表情で言葉を続けた。
「白菫は白花を人質に取られているわ。対神だもの、そう簡単には切り捨てたりなんかしないと思う。そうなってくると、恐らく白花をどうやって『解放』するのかという話になると考えるのだけれど……ここまではいい?」
「大丈夫、理解できてるよ」
「そう。では白花はどういう状況なのかと言うと、特殊な能力から成る洗脳状態にある。これはそういうルールの下で成り立っている術だから、大元の神使を叩かなければ術が解けないわ」
「ああ、成程ね。なら、紫黒以外にいる黒幕を倒せば自然と白花が正気に戻るって事」
「そういう事。そして、黄都にいた私はいずれ白花を解放するという約束で、白菫に協力を仰いでいるという訳」
全部説明して貰ったので点と点が強制的に線になる。白菫のプレイヤーに親切な行動を取りつつも、根幹について触れない姿勢はその難しい立場から生じるものだったのだ。彼は職務――というか、どこかにいるらしい主神に忠実な性格。よって、やってきたプレイヤーを無碍にも出来ず、というのが事の顛末らしい。
白菫に視線を送る。彼は渋い顔をして黙り込んでいた。否定はなく、同時に肯定もない。が、その表情と長い無言が何よりも雄弁に紫黒の語った話が事実である事を示している。
当然、紫黒が語った内容に嘘はない。ので、依拠に関する真相はそれが全てなのだろう。後は真の黒幕に話を聞けばストーリークリアだ。
――と、考えていると紫黒が今度は硬直する白菫へと言葉を投げかける。
「私が言うのも何だけれど、そっちの私についていても白花が解放される事はない。相手が相手だし、解放する理由なんてないからね。だから貴方は、主様と一緒に術者を倒した方がいいと思う」
身も蓋もない、と手を叩いて大笑いしているのは烏羽だ。この場のBGMとしてあまりにも相応しくない高笑いは、あまりにも場違い過ぎてあっさりとスルーされている。まともに取り合うだけ時間の無駄だからだろう。
一方で白菫は分かりやすくどうするべきかを悩んでいるようだった。これは多分、プレイヤーの信頼性の低さのせいで即決できないのだろう。つまりは烏羽のせいという事だ。コイツは連れ歩いているだけでプレイヤーの信頼を損なう。
ダメ押しと言わんばかりに、紫黒が更に言葉を重ねた。
「よく考える必要すら無い選択よ、白菫。何せ、主様に従えば主神に従う事と同じ。違反ですらなく、最も損をしない選択だからよ」
だが、ここでそれまで事の成り行きを見守るだけだった向こう側の紫黒が割って入る。それもそうだろう、ここで白菫が消えれば彼女は孤立無援。どっち付かずの態度であっても、白菫を失う訳にはいかないのだろう。
「騙されないで。そもそもの話、あちらにいる紫黒は本物なの? 召喚士の仕事は世界の救済……歯車であり人形である私達を重んじる必要性はない。だから、例え白花を失ったとしても黄都が無事であれば問題無いの。貴方から間接的に白花を諦めさせる、何らかの作戦かも知れない。それに――」
彼女の視線が僅かに烏羽へと向けられる。恐らく、後に続くはずだった言葉は「あちらにいる大兄様であれば、そういった事を考え付いても可笑しく無いもの」で間違いないだろう。そういう目だった。
烏羽はそれが面白かったようで、クツクツと意地の悪い笑みを浮かべている。訂正も否定もしない。そう思いたければ思っていればいい、という観察の姿勢だ。
それを受けて、白菫の視線が対神、片割れへと向けられた。白花はまるで目の前で争いなど起こっていないかのように、笑顔を浮かべている。意思がない事をあまりにも如実に示していた。
――と、何故かその白菫が今度は花実の方を見やる。またも目がバッチリと合ってしまった。
「――貴方様はどうお考えですか? 召喚士様」
「私!? え、えー、好きな方を選べばいいんじゃないかなあ。いやでも、強化したばかりの烏羽もこっち側にいるし、私達と戦っても良い事は無さそうだけど……。いやでも、どっちの意見を選ぶのかは君次第なんじゃない……? どっちの紫黒も嘘は吐いていないし」
そう。嘘は吐いていない。彼女等はどちらも己が信じる真実を話したに過ぎず、そうであるが為に白菫を陥れる気も差ほど無いのだろう。向こう側の紫黒も白花をどうこうしたい訳ではなく、何者かの指示に従っているようだし。
「どちらかの紫黒が嘘を吐いている、とは言わないのですね」
「……そうだね。だって嘘を吐いているかどうかなんて、大抵の人には分からないよ。様子で判断しようにも、同一人物で、明らかに嘘を吐いている様子でもないからね。私は嘘を吐くのが得意じゃないから、こんな所で要らない嘘は吐かないかな」
「いえ、そうでしょう、俺もどちらも恐らくは本当の事を言っているのだと思います。貴方様は非常に冷静だ。安定していると言っても良いでしょう。……であれば、烏羽の存在が気掛かりではありますが、召喚士様の指示に従い、事の解決に当たります」
「そんな簡単に決めて大丈夫?」
「色々と考えましたよ。どちらを選べば、より安全且つ確実にこの非常時を終えられるのかを考えて決めました。俺が一人であれやこれやと立ち回るより、事の解決に当たる人数が多い集団に付くのはある種当然の判断です」
そうだとしたら、向こう側の紫黒の話は一応聞いておいて内心ではどちらに味方をするのか決めていた事になる。なかなかの食わせ者なのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます