33.そっくりさん(1)

 ***


 ストーリーで借りている自室に到着した。烏羽や薄群青は各々に割り当てられた部屋にいるのだろうが、紫黒は初参戦なのでプレイヤーである花実の隣に立っている。


「主様、いつもはどうしているの? その、私は来たばかりでしょ?」


 いたたまれない気持ちになったのか、おずおずと紫黒がそう訊ねた。尤もな意見である。少し考えた花実は、一先ずバラバラに配備されている神使達を集めようと思い立った。何せ、2人きりで行動する必要は一切無い。


「とりあえず、烏羽と薄群青を――」


 捜そうと言いかけたところで、戸がノックされる。すぐに外から「烏羽が参りましたよ、ええ」という声が聞こえてきた。嘘は全く感じられないので、本人なのだろう。立ち上がって小走りで戸へ向かい、開け放った。


「今、丁度捜しに行こうと思ってたんだよね」

「召喚士殿。前にも申し上げましたが、外に誰がいるのか確認してから戸は開けた方がいいのでは? ええ、私でなかったらどうするつもりなのでしょうか」

「ちゃんと確認したって」


 怪しむような目を向けられてしまうが、本人だと分かって戸を開けたので問題無いだろう。深く考える事を止めた。

 烏羽の影に隠れていた薄群青も一先ず室内に入ってくる。


 落ち着いたところで最初に発言したのは烏羽だ。


「では、先の手筈通りにまずは紫黒を捜しましょうか。ええ、勿論、物語に最初から存在している方の紫黒ですとも」

「案内してよ」

「まったく、この私を顎で使おうとするのは貴方だけですよ。ええ、恐れというものを知らないようで。何よりでございます」


 全文嘘でそう言った烏羽が、折角部屋へ来たと言うのにとんぼ返りして廊下へと足を向ける。ストーリーを進めに来たので、団欒している訳にもいかない。花実もまたその後を追い、更に新しく増えた仲間の紫黒と薄群青が付いてきた。

 流石に3人いるとなかなかに圧巻の光景だ。これがフルメンバーのパーティか。現在は3人までしか編成が出来ないけれど、ゆくゆくは5人くらいパーティを組めたらいいのになとは思う。かなり自由度が高いので、5人くらいいれば別働隊だとかを作れそうだし。


 ***



「3人で固まっているようですよ。ええ、我々が部屋にいる間にまた仲良く責任の押し付け合いでもしているようですね。ふふ、非常に面白い事です」

「興味がある事柄が全部悪趣味なんだよなあ」


 烏羽は上機嫌だ。それもそのはず、彼は喧嘩をしている人物達を見ながら更にガソリンを撒いてはしゃぐような男だし、丁度白菫と紫黒は険悪なムードである。そりゃ、愉快犯にしてみれば面白い事この上無いだろう。最悪である。

 いつも烏羽が勝手に戸を開け放って突撃してしまうので、今日こそはノックして中に声を掛けようと思い、手を上げる。が、やはり数秒だけ遅かった。我が家かと言わんばかりの無遠慮さで以て、烏羽が戸を開け放つ。力が強いからか、弾けるように戸が飛んで行ってしまった。


「お待たせ致しました。ええ、それでは……召喚士殿からの新しい発表がございます。ええ、心して聞かれますよう……」


 ニヤニヤと嗤う烏羽を見、そしてプレイヤーの方を見た白菫の表情が驚愕に染まる。それもそうだろう、花実の隣には紫黒がいる。当然、白菫のすぐ傍にも紫黒がいるのだから。

 瓜二つなんて言葉すら生温い。全く同じ外見の神使が2人。立ち姿でさえも狂いなく同じで、それらが無関係の存在であるとは誰も考えないだろう。


「な、何だ、この状況は……!?」


 ただし、驚きを見せたのは白菫だけだった。当の紫黒は至極不愉快そうに眉根を寄せるのみで驚きは感じられない。また、同室に滞在していた白花に関して言えばこの場にそぐわない笑みを浮かべており何もかもがちぐはぐだった。

 それ即ち、やはり白花のみが自分自身の意思ではなく、別の神使によって動かされている状態――所謂、洗脳状態にあるからだろう。彼女は今現在においても正真正銘の人質である。


 問いに対する答えがないからか、困惑した様子の白菫が花実へと目を遣る。当然、ばっちりと目が合ってしまった。


「召喚士様……? これは一体、どういう状況なのでしょうか。何故、紫黒がこの場に2人も? まさか――」


 そうよ、と花実の代わりに返事をしたのは仲間である方の紫黒だ。


「私は主様により新しく召喚された神使。そちらにいる紫黒は主神の管轄にある紫黒。故に私の言う事が――遺憾ではあるけれど――主神の命令に近い、正しい言だわ」


 瞬間、確信する。

 紫黒はずっと黒らしくない性格だと思っていたが、やはり根は黒。主神に対して正気である現在でさえも案外当たりが強い。そしてそれは、我がアカウントの黒代表である烏羽にも言える事だ。

 花実が有している紫黒の言葉に対し、白菫は目を眇めて数秒だけ押し黙った。ややあって、自分の側に立っている紫黒へと視線を移す。


「と、向こうの紫黒は言っているが?」

「そんな事、急に言われても……。私だって、今自分が目の前に現れて困っているんだから。原因は、そっちの私が言っている通りだと思うけれど」

「今まで、召喚士様は紫黒を連れていなかった。であれば、少なくとも今いる紫黒より、あちらの紫黒が後に召喚されたという事だ。ならば、召喚士様により喚ばれた紫黒がより主神様の意に近いという意見には筋が通る」


 理路整然とした白菫の言葉に対し、あちら側の紫黒は投げやりに肩を竦める。そうして頭を振って若干呆れたような声音を紡いだ。


「いやでも、何が正しいかだなんて私が新しく来る前から知っていたはず。今の論点というのは、そこじゃないわ」


 ――やっぱり白菫は裏切り者という枠ではないのだろう。

 彼は恐らく、対神を盾に脅されているだけの存在なのかもしれない。

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