35.そっくりさん(3)
「――まあ、そうなるよね。当然の如く」
諦念の表情を浮かべた、あちら側の紫黒が肩を竦める。彼女にも流石に自分自身の弁で白菫を納得させるのは難しいと分かっていたのだろう。落胆こそあれど、予想を裏切られたという反応は示さない。
なので花実が意識を引かれたのは両方の紫黒ではなく、本日は笑っているばかりで場を掻き回すような真似はしていなかったはずの、烏羽の放った一言だった。
「成程。戦犯はお前か、紫黒……」
ポツリと溢れた一言は恐らくプレイヤーである自分しか聞いていなかっただろう。ぎょっとしてこっそり背後を見やる。烏羽は笑いすら引っ込めた、恐ろしいくらいの無表情だった。何を考えているか分からない暗い双眸は、紫黒へと向けられている。
やがて、烏羽はその顔に緩く笑みを浮かべると、何事もなかったかのように表情を整えた。
何だか見てはいけないものを見てしまった気分だ。指摘する気にもなれず、そっと視線を外す。
眼前には未だ解決に至っていない問題が山積みだ。紫黒2人は睨み合っているし、白菫はと言うと対神である白花にずっと気を配っている。薄群青はぴったりと花実に寄り添っており、一触即発の空気を一層濃いものにしているようだった。
ここからどうすればいいのか。不意に湧いた疑問に対し、答えは意外な所から示された。
「戦闘ですか? ええ、準備はいつでも出来ておりますよ」
――烏羽。
疑問形でありながら、既に臨戦態勢らしくひしひしと敵意に似た空気を放っている。我に返った花実は相対している紫黒に目を向け――
「主サン」
横に貼り付いていた薄群青に腕を引かれる。気付けば、かなり近くにまで白花が接近していた。流石に笑顔は消えているものの、一言も発さないのが不気味で仕方が無い。彼女は一応、敵対者という括りに入れて良いのだろうか。
「あ、ありがとう」
「もっと神使達から離れて下さい。アンタ、巻き込まれたら死にますよ」
「そんな大袈裟な。いやでも、普通に烏羽の攻撃に巻き込まれたらゲームオーバー表示とか出そう」
「はいはい」
壁際まで後退した花実に代わり、意気揚々と前へ出て来る烏羽。彼はかなり好戦的だし、今までずっとストーリーの都合で調査ばかりしていたせいか、気が立っているようにも見える。
「さあ! 召喚士殿、始めましょうか。ええ、紫黒が2体もいるなど、どちらがどちらか分かりませんし、同じ顔が二つ並んでいるのも端的に言って目障りですので!」
「えっ」
動揺の声を漏らす、両紫黒。確かに2人が並んで立っていると、どちらが自分の召喚した紫黒なのか分からなくなってしまう。
身の危険を感じたのだろう。花実が喚んだ方の紫黒が早足でこちらの壁際にまで移動してきた。烏羽から意図的に戦闘に巻き込まれるのを避ける為だろうとすぐに理解する。
「白花は?」
戻って来た紫黒の問いに対し、薄群青は一点を指さして返事をした。
「あっちにいるッス。白菫サンがどうにかしてくれそうだけど、まあ、どうなるかは分かんないッスね」
「力量は白菫の方が上だけれど、対神に甘い所があるから、勝敗に直結しなさそうなのが気掛かりね。まあでも、足止めさえしていてくれればいいか」
「それはそうなんスけど、紫黒サンは烏羽サンに近付かない方が良いッスよ。うっかりで紫黒を両方倒しました、とか言い出しそうなんで」
「言い出しそうというか、機会があればするでしょうね……」
誰もソロで紫黒と開戦しそうな烏羽の心配をしないあたり、彼の人徳が伺えてしまう。せめて初期推し党である自分くらいは奴を応援してやろう、花実は心中でそう決心した。
指示は特に出していないが、同じ顔二つが嫌なのは紛れもなく烏羽の本心だ。初期神使は既に紫黒の周囲をゆったりと歩き回り、捕食者めいた余裕を振りまいている。
当然、黒色の頂点に君臨する都守・烏羽に対して、紫黒は立場が弱い。序列で勝ち目がないのは火を見るよりも明らかだ。勝ち筋があるとすれば、まだ烏羽の能力を全て解放しておらず、制限がついている事くらいだろう。
――と、紫黒が動いた。
アニメや漫画で見るような、印を結ぶ手の動き。それと同時に、彼女の周囲に白地の札が複数枚出現した。細長い短冊のようなそれには、黒いうねうねとした字が描かれている。当然ながら何と書かれているのかはさっぱり分からない。
ふふ、とそれを見ていた烏羽が嗤う。相手を馬鹿にしたような響きで、聞いていて気持ちが良いものではないとだけ明言しておこう。
「おや、そのような紙切れでどうすると言うのです? ええ、そもそも貴方は前に出て戦う神使ではないでしょうに……。詰めが甘いと言うより、単純に頭が足りないのではありませんか、ええ」
――パワハラである。
今まで戦って来た神使と言うのは操られていたり、そもそも色が違うのでハッキリとそう感じた事はなかった。が、今回は言うなれば上司と部下くらいの関係性。完全にパワーハラスメントである。
下らない事を考えている内に、心底怯えた表情をしたあちら側の紫黒は腹を決めたようだ。烏羽の答え不要の暴言には耳を貸さないつもりらしく、返事はなかった。
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