30.新入り(1)
***
召喚部屋に到着した。ガチャを回すのに簡単な儀式のような真似をしなければならないが、毎度同じなので淡々とそれらをこなす。これ本当に必要なのだろうか。タップ一つでガチャくらい引けるようになって欲しい。十連回す時なんかどうする気だ。
儀式を終えると、床の模様が輝き始める。ややあって、眩しい光の中にシルエットが浮かび上がった。華奢そうな身体付き、明らかに既にうちにいる神使2人より低い身長、そして見た事があり過ぎる髪型――
光が収まる。黒いツインテールに同じ色の瞳、外見は17歳くらいの少女。そう、散々黄都で見た彼女、紫黒がそこには立っていた。
見間違いでなければ彼女も非常に気まずそうな顔で、プレイヤーである心花を見つめている。顔立ちが整っているせいで、「あ! やっちゃった!」感が伝わってきてしまいいたたまれない空気だ。
「こ、このタイミングで私を引いたの? 主……様……」
「ごめんね、なんか……。え、あれ、ストーリーの記憶があったりする感じかな?」
神妙そうな顔をした彼女は首を縦に振った。そりゃ、そんな顔にもなるだろうなと納得する。
胡乱げな視線を彷徨わせた彼女は、不意にその目を丸くした。視線の先には花実を越えて薄群青と烏羽へ向けられている。多分、烏羽を見て驚いたのだろう。慌てたように紫黒は口を開いた。
「うえっ!? お、お、大兄様。ご機嫌麗しゅう。あの、えっと、こちらの社でもよろしくお願い致します……うう……」
心底、胃でも痛めていそうな紫黒に対し、振り返って見れば烏羽は笑いを堪えるような表情をしていた。既知の仲間が増えた笑顔などというものでは断じてない。新しい玩具を発見した子供のような顔に近いだろう。尤も、玩具で遊ぶような子供に比べて、あまりにも邪気を帯びている大きなお友達なのだが。
案の定、怯える紫黒を完全にロックオンした烏羽はわざとらしく、重々しい声を発した。
「おや、この私の存在に気付かず、あまつさえ呑気に召喚士殿とお喋りとは……。ええ、少し弛んでいるのではありませんか? この烏羽の目が届かないと思って、気が緩んでいるに違いありませんとも、ええ」
「いえ! 決してそんな事は……そんな事は無いのです。まさか、わざわざ新しく召喚される神使を見に来ていたなんて思わなくて!」
話が進まない。烏羽の発言はすべからく嘘だ。からかって遊んでいるだけで、内心では紫黒の事などどうでも良いのかもしれない。
「主サン」
「なに、薄群青」
「俺がフラグを建てておいてアレなんスけど……。次は黒と関係無い色の召喚でお願いしますよ、本当」
「薄群青。今まさに、それがフラグね」
「マジッスか。人間って難解だわー」
しかし、烏羽のせいで一旦流されてしまったが、本当にどういうタイミングで今この瞬間に紫黒を引いてしまったのだろうか。
彼女はストーリーの方で丁度今この瞬間に暗躍している所だし、8割くらいの確率で黒幕だ。そんな中にストーリーと被る彼女を連れて行けるのだろうか。甚だ疑問である。万が一、連れて行く事が出来なければもう1回ガチャを待たなければならない。
しかも聞く所によると、社毎にコストが定められているらしいので、一人引く毎に次のガチャタイミングが遅くなるようだ。であれば、今引いたガチャ以上に次のガチャまでに時間が掛かるのではないのか。
「主サン、もしかしてストーリーについて心配してます?」
「うんしてる。滅茶苦茶心配してるよ」
「それなら問題無いッスよ。紫黒サンは黄都に連れて行けるッス」
そうね、と烏羽との睨み合いから解放された紫黒が会話に混ざる。
「私達は主様に召喚された時点で、重複して存在できるようになるわ。黄都の私は主神による召喚扱いで、ここにいる私は主様が召喚したという扱いになっているもの」
「へえ、そういうのがあるんだ」
「けれど……えーっと、その、もう正直に白状すると、私、黄都で悪い事をたくさんやっているんだよね」
――自白!?
吃驚して咄嗟の言葉すら出ずに紫黒を見つめる。彼女が黒幕である事に驚きはないが、召喚したてのキャラクターからそれを聞くのはあまりにも斬新な状況だ。
「本来であれば、私達神使はその場に2体同時に存在しないわ。これは出来ないのではなく、そういう事が起きる機会が無いのと……正直、2人いた所で輪力も共有しているし、意味ないの。だから、新しく召喚された方に存在意義を譲るのだけれど――」
「ああそうか、向こうの紫黒は私と敵対しているから、譲りたくないんだね」
「そういう事。でも、私とあちらの私は明確に違う点が存在するわ。向こうは自前の輪力を使用するけれど、主様に召喚された私は貴方から輪力を汲み上げて使うって事。故に、持久戦をすれば私の方が長持ちする」
その発言を烏羽が鼻で笑う。
「召喚されたばかりであらゆる技能を封じられているというのに、よくもそのような大口が叩けましたね。ええ、驚きですとも。勝算があると? 持久戦に持ち込むも何も、敗れれば関係ありませんねえ。ええ」
「いや、はい、それはその、仰る通りなんですけどね」
良い話を聞いた。このアカウントのメインアタッカーは恐らくずっと烏羽だ。よって、紫黒が黄都の紫黒に勝てるかどうかは大きな問題ではない。問題だったのは、3名のフルメンバーでストーリーに戻れないかもしれない、という方である。
紫黒を連れて行けるのであれば、それ以上は何も要らない。引いたばかりの紫黒にサシで戦闘をさせるつもりも毛頭無い。
「ひとまず、移動しません? 召喚部屋で突っ立っててもアレじゃないッスか」
薄群青の一言で、大広間へ移動する事となった。
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