23.フラグ建設(1)

 ***


 部屋を後にし、廊下に出る。そこでタイミングもよく、お盆に茶を乗せた白花と鉢合わせた。彼女は花実を見るや、目を丸くしやがて笑みを浮かべる。彼女の兄や紫黒に比べれば酷く自然で且つフレンドリーな振る舞いだ。


「召喚士様、こんにちは。どうされましたか? 私達に会いに来たのでしょうか」

「ええ、そうですとも! ですが、残念な事に白菫殿と紫黒の争いに巻き込まれてしまいまして。ええ、ですので撤退した次第にございます。随分と感情的な兄君ですねぇ、はい」


 烏羽の嫌味が多分に含まれた現状説明に対し、白花は苦笑を浮かべる。仕方無いな、と言いはしないがそんな雰囲気を放っているのが分かった。ただ、彼女が思っている以上に部屋の中は険悪なムードだったのだが。

 緊張感も無くお盆を手にしている彼女は緩く頷いた。


「兄がすいません、召喚士様。その……自分で言うのも何ですが、兄は私に対して過保護のきらいがありまして。都の中にいる裏切り者に加え、原因不明の流行病と、とても気が立っているようなのです」

「過保護?」


 そういえば、白菫と白花が兄妹を自称している事実は何度も耳にしているが、2人で会話をしている様子などは見た事がない。基本的に別行動を取っている上、今回の現地神使とは関わりがあまりない。

 プレイヤーを疑う素振りも見せず、放置したままだ。手が回っていないのだろう。もしくは、彼等は黒幕が誰であるのかを知っているのかもしれない。

 花実の呟きを「どういう状況なのか?」という問いだと捉えたのだろう。白花は苦笑の顔を崩さず、肩を竦めた。


「危ないからと、都の病に関する調査もあまり進んでいません。黄都の都守、黄檗殿もいらっしゃらないので黄色の2人が都の運営を担っていますが、正直手が足りていないのも事実。調査は我々の仕事であるにも関わらず、兄はそれにずっと手を付けていない状況です」

「それは、白花を都に行かせたくないからって事?」

「はい。紫黒に関しては怪しい言動が多すぎるので、この建物から外へ出る事を禁じられています。私達兄妹しか、実地調査は出来ないのです」


 ――圧倒的な人手不足と、裏切り者の事情……。

 黄色の2人がピリついている理由もこれだろう。誰に仕事を割り振っていいのか分からない上、基本的な業務ですら人が足りないので何も終わらないという悪循環。それを改善する為の人手とは、恐らくプレイヤーを指すのだろう。

 ここまでの話に嘘偽りはない。白花は派遣されて来た神使達の中で、全く嘘を吐かないのでそこだけは安心できる。


「じゃあ、そういう色々な事が重なって白菫は苛々しているんだね」

「苛々……? そうでしょうか、私にはあまりそういう風には見えませんけれど」

「ええ?」


 急な認識の齟齬で言葉に詰まる。白花は嘘を吐いていない。彼女は本気で、兄が苛ついていないと思っているのだ。しかし、花実から見ればそれこそ「そんな事はないでしょ」という状況である。

 やはり彼女、前回の灰梅パターンなのだろうか。あまりにも嘘が少なすぎると、逆に疑わしくなってくる。


「――召喚士様? どうされますか、兄に話して、お話が出来るようにしましょうか?」

「え? あ、いや。いいよ、大丈夫」

「そうですか? では、私は中へ戻ります。何かあればお申し付け下さい」


 にこやかな笑みを浮かべた彼女は、あのギスギスした空気漂う部屋へと何事も無く入って行った。やる事はたくさんあるはずなのに、仕事がストップしているせいで暇そうだ。


 しかし、どうしたものか。白菫のとりつく島も無い態度は、別のフラグを建てていないからそうなるものなのか、そうではないのか。

 もしかして、先に病イベントも進行させる必要があるのかもしれない。何せ、プレイヤーである自分はまだ流行病というのがどういったものなのかを知らない。都へ下りる事により、フラグが建つのだろうか。


「さて、どうされますか? 召喚士殿」


 クツクツ、と喉の奥で嗤いながら烏羽がそう声を掛けてきた。唸り声を返した花実は、疑問を口にする。


「ええー、都へ行く許可は誰に取ればいいの?」

「都へ? ええ、何やら見慣れぬ病が流行しているようですが、足を向けられるので?」

「うーん、フラグを建てなきゃいけないような気がするし、ちょっと都の事を確認してみようと思って」


 あとシンプルにマップへ繰り出してみたい、という下心もある。悶々と考えていると、花実の問いへの簡素な答えを寄越したのは薄群青だった。


「そういう許可の類いなら、山吹サン達に取るのが正解ッスね。白菫サン達はあくまで派遣されてきた神使で、そういう権限は持ってないし」

「分かった。じゃあ、山吹達の所に行こう。案内よろしく、烏羽」


 不満そうな顔と声を上げる初期神使。心底つまらない、というような表情だ。


「本当に行くのですか? あの2人はつまらない――失礼、忙しそうですよ。ええ、放っておいて差し上げた方が良いのでは?」


 つまらない、の訂正後から全部嘘だ。いっそ清々しいくらいに、つまらないから黄色神使には会いたくないと言っているのが丸分かりだ。というか恐らくだが、自分に嘘を見抜く特技が無くとも、彼が嘘を吐いていると分かっただろう。急に雑な嘘を吐くな。


「いいから早く、部屋に案内してよ」


 なので花実は、彼の駄々を全て無視してそう命じたのだった。

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