24.フラグ建設(2)
***
「都へ安全に下りる方法も聞いた方がいいッスね。山吹サン達なら、何か良い案があるかもしれないし」
執務室へ向かう途中、不意に薄群青がそう言った。成程確かに彼の言う通りだ、と花実は首を縦に振る。
「そういうの大事だよね」
流石はプレイヤーに優しいと噂の薄色シリーズ。気遣いが細部にまで行き届いているのを感じるが、比較対象が烏羽しかいないので誰であってもそういう評価になる気もする。
一方で今の瞬間まさに比較されていた初期神使はと言うと、ニヤニヤと笑いながら冗談めかした口調で薄群青に同意を示した。
「ええ、召喚士殿は人間。病の餌食になるやもしれません。まあ、我々神使は病などとは無縁なのですが。ええ」
珍しく真実を話しているが、雑な嘘を吐く時と挙動がそっくり同じなのは頂けない。これではプレイヤーが「また嘘言ってるよ」と勘違いしてしまう。尤も、それを見て陰湿な楽しみ方をするのが彼であるのだが。
そんな話をしていると執務室に到着した。いまいち地形を覚えられない。現実世界でもそうだが、あまり通らない道などはなかなか覚えられないものである。それに、ゲームには案内人がいてくれる。覚える必要性も無いので、余計に道順を覚えられなかった。
客を拒むかのように――実際に拒んでいるのだろうが――ピッタリと閉じられた戸をノックするのはとても気が引ける。唾を飲み、恐る恐る声を掛けようとしたがその行動は叶わなかった。
というのも、花実のアクションより一拍だけ早く動いた烏羽が戸を開け放ったからだ。
「あっ、ちょっと――」
「何をもたもたしているのです。とっとと用事を済ませますよ、ええ。山吹殿、藤黄殿。少しよろしいですか」
烏羽のそれは問いではなく、決定事項らしい圧を含んでいた。「今お時間よろしいですか?」ではなく、「今すぐ時間を空けろ」というニュアンスである。
そう感じ取ったのは花実だけではなかったらしい。黄色神使2名の鬱陶しいと言わんばかりの視線が突き刺さる。
「今度はどういったご用件ですかー、召喚士様……。見ての通り、仕事は一向に終わる気配を見せていませんけどー……」
データ相手に酷く申し訳無い気持ちになってくる。どうかゲーム内にも働き方改革を推し進めて欲しいものだ。
痛む胃を押さえながら、口を開く。早急に用事を済ませた方が良いだろう。急かされている感じが少しだけ心地悪い。
「ご、ごめん。えーっと、都に出てみようと思うんだけど、今どんな状況なの?」
「そうですねぇ……。監督不行き届きだとか言われたら嫌なのでー、出来れば止めてほしいですー……」
苦言を呈する山吹に変わり、書類から一切顔を上げないまま、藤黄が説明を引き継ぐ。実に事務的な口調でだ。
「流行病の件以外は普通の都と変わらないんじゃないですかね。とは言っても不穏な空気と言うか、活気はないと思いますけど。まあでも、人手不足で都の状況を確認する暇も無いので行かない方がいいと、僕も思いますよ。どうしても行くのなら自己責任でどうぞ」
「成程……。えーっと、じゃあ、安全に都へ行く方法とかってある?」
理論上は、と今度は山吹が口を開く。
「病を警戒して~、とかいう話でしたらー……。切らさないように結界系の術を使用したまま行動するのが一番安全でしょうねー……。外の空気を遮断する事が、安全性を確保する最も正確な方法ですよ」
山吹の言葉に薄群青が渋い顔をする。
「そういう事ね……。主サン、都へ下りるのは結構難しいかもしれないッスよ」
「そうかな? 取り敢えず、マップも見てみたいし都に行ってみようかな」
「うへー、マジッスか? まあ、アナタがそう言うのであれば、それに従いますけど」
プレイヤーの行動を止めたいのか、薄群青がチラチラと烏羽に視線を送る。それを受けて初期神使は実に愉快そうな笑みを浮かべた。
「ええ、召喚士殿。都のまっぷとやらが気になるのであれば、一介の神使風情である私が口出しする事など、とてもとても……。ええ、お好きにされたら良いかと!」
「いやアンタ正気か? 多分、凄く疲れるのは俺等の方ッスよ」
「んふふ、それはどうでしょうか。ええ、愉しみですねぇ!」
もういいですか、と山吹が眉根を寄せて分かりやすく迷惑そうな顔をする。
「仕事に戻りたいんですけどー……。話し合いなら部屋の外でしてくださいよ」
「あ、ごめん。取り敢えず出ようか、2人とも」
執務室を後にした。
外に出ると早速と言わんばかりに薄群青が声を発する。
「本当に都に行くんスか? うちの社、俺と烏羽サンしかいないのに……」
「うーん、でも、β版でも都マップがあるのかだけ知りたいし……。今後のソシャゲ活動に関わってくるレベルの話だから……」
今までの村や町と同レベルでマップが出来ていれば、きっと自分は運営にサービス終了まで付き従う事だろう。財布の紐にも直結する大事な分岐点だ。ちなみに、花実の財布の紐はかなり固い。銀行の金庫くらいの固さである。
絶対に必要であろう都のマップを作らず、なあなあで済ませる様子が見られたら課金はちょっと考えてしまう事だろう。尤も、このゲームはまだリリースされていない訳なのだが。
そんな訳で、期待と少しの恐怖を胸に花実は初期神使に都へ行く為の道案内を命じたのであった。
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