22.内輪揉め(2)

 場は不自然な沈黙に支配されていたが、花実はその口を開いた。黒幕が存在している以上、プレイヤーが割って入れば変な空気になるのは当然の事だからだ。それに、紫黒も白菫も十二分に怪しい。


「黒幕の件なんだけど――」

「召喚士様!」


 言葉を遮ったのは紫黒だった。視線はあっちへこっちへと忙しなく動き、とてもではないが落ち着いているようには見えない。彼女が裏切り者である事は、その態度からしてずっと前から確定していた。その動きに不自然さは無いが、こんなに分かりやすくて良いのだろうか。

 裏切り者の前例が飄々としていて表面上は何の不審さも無かった褐返と比べると、あまりにもお粗末な演技だ。


 そんな彼女が意を決して話し始めた。何か重要な事を言うのではないかと、花実も続けようとした言葉を止める。


「あ、あの、えっと、あ、貴方が捜している黒幕なのだけれど。じ、実は――」

「紫黒!」


 強制的に言葉を遮ったのは、何故か白菫だった。腹から出たような大声で、飛び上がってしまう。その声音には明白な怒りと、少しの焦りが滲んでいるようだ。

 ――なになに? どっちも嘘を吐こうとしていた感じはしない……。

 紫黒の「実は」に続く言葉も嘘ではなかったようだし、白菫の表情にも嘘偽りは感じ取れない。


 白菫の指示に従って、紫黒は動いているのだろうか。二人がグルである事は今この瞬間に決定付けられた。重要な情報をもたらそうとした紫黒を、白菫が止めた形になるからだ。

 だが何故、紫黒はプレイヤーに有利な情報を教えようとしたのだろう。彼女は彼女で今までの振る舞いから裏切り者でない事の方があり得ないレベルの真っ黒さだ。

 事情が酷く込み入ってきている。

 てっきり色合いが黒い名前の神使だから、紫黒がこの場を取り仕切っているのだと思っていたが名前は白い菫の方が現場で力を持っているようにも思える。


 ともあれ、今の問答で酷く苛立っている白菫はその刺々しい空気を肺から押し出して頭を振る。ピリついた空気は消えなかったが、先程までとは打って変わり険のある口調ではなくなった。声音が丸くなったと言えばそれが近いだろう。


「――失礼。申し訳ありません、召喚士様。この通り、少し問題が起きておりまして。時間を置いてから、再度お話をするという事でも構いませんか?」


 珍しくプレイヤーへ要求してくる白菫の言葉を前に、少しだけ考える。このゲームには様々な自由選択肢がある。例えばここで白菫を無視して居座る事なんていうのは多くのプレイヤーが選びかねない選択肢だ。

 そして同時に言葉に従ってここから去るという選択肢も、多くのプレイヤーが選ぶ可能性のある選択肢と言えるだろう。


 ――なら私はどんな選択を取ろうかな。

 今ここで神使を嗾けてみる? 居座って関係の無い話をしたり、突飛な事を言ってみる? それとも自分が現実でやりそうな選択をする?

 考えた結果、最後の案にしようと考えた。没入感を売りにしたゲームなのだ。どうせなら、一般人である自分が選んだ道でどうなるのかが気に掛かる。

 では現実で自分が取りそうな行動は何か?

 答えは一つ、言われた通りに一度撤退する、だ。


 思考を終えてシナリオに帰還すると、いつの間にか一触即発の空気に変わっていた。原因は勿論、初期神使こと烏羽だ。それまで黙っていたと言うのに、花実が考え込むや否や場を引っ掻き回し始めたのである。


「おや、白菫殿。主神代理である召喚士殿に対し自らの要求を押し通そうとは、偉くなったものですねえ、ええ」

「意見を押し通すつもりはない。あくまで提案とお願いであり、召喚士様が拒否すると仰るのであれば俺はそれに従う」

「それらしい事を仰っているようですが、ええ、召喚士殿に口答えしたと言う事実が消えてなくなる訳ではありませんよ。ええ、如何に主神ではないとは言え、不敬ですねぇ!」

「常日頃から主神様に刃向かって口答えどころか、全力で反抗しているお前には言われたくない……!!」


 横で薄群青と紫黒がオロオロと口論を見守っていた。

 烏羽は白菫を玩具だと思っている節があるし、白菫自身も烏羽とかなり相性が悪いようだった。常に丁寧な態度を絶やさなかった彼は今や、額に青筋を浮かべている。なかなかに怒りの沸点が低いらしい。

 不毛な言い争いを終わらせるべく、花実は考えた結果の振る舞いを両者に伝えた。


「はいはい、それじゃあ出直すよ。他にやる事があるのかもしれないし……」

「よろしいのですか? ええ、貴方が白菫殿の言に従う必要は一切ありませんが」

「別に良いよ、空気も悪いし」

「そうですか、そうですか。ええ、ではそのように」


 肩を竦めた烏羽から退室を促される。長居をしないと理解した瞬間、散々怒らせた白菫の事などどうでも良くなったのだろう。まさに自由気まま、乙女心のように移ろいやすい神使だ。


「申し訳ありません、召喚士様」

「いや、いいけど……。あんまり紫黒と喧嘩しないようにね」


 明らかに敵である紫黒だが、上司・烏羽と同僚・白菫に挟まれて大変可哀相だ。どちらも我が強いし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る