20.休息(2)

 成程、などと返事をしてしまったが実際はあまり烏羽の優先強化を改めるつもりは無かった。宗教に反するので普通に無理だからだ。

 そんな花実の考えを読み取ったのか、或いはどんな態度を取ってもそう言うようにプログラムされているのか。薄群青が珍しく非難がましい目を向けてきた。


「真剣に考えて欲しいんスけど。社の中で烏羽サンが一番強いのは危ないと思いますよ、危険思想の持ち主だし。俺達は主神か召喚士さえいれば復活できるけれど、主サンは人間でしょう?」


 ――あっ、これあくまでプレイヤーの心配をしてますっていうイベントなんだ!

 細かいイベントだが、そうなってくるとこのイベントを見る為にあらゆる神使を揃えなければならないだろう。もしかして、重課金ゲーなのか? 推しの新しい台詞やイベントを見る為に、別のキャラクターが必要だなんて何らかの法律に引っかかりそうだが。

 一瞬だけ意識を飛ばしてしまった。衝撃の事実に震えていたからだろう。何と答えるべきかを逡巡していると、今まさに話題の中心だった初期神使の声が響く。


「おやおやおや、酷い言われようではありませんか。ええ」


 ぬるり、とどこからともなく現れた烏羽は湿度のある笑みを浮かべている。水属性っぽい攻撃ばかりするからか、割と絡みつく水のような粘性のあるタイプ、それが烏羽だ。

 ともあれ、ご本人様の登場に薄群青が分かりやすく眉根を寄せて顔をしかめた。


「うわ、何しに来たんですか? まだ呼ばれてないでしょ、アンタ」

「私が社で何をしていようと、私の勝手でしょう? ええ、ようやく召喚士殿が帰還されたようですので、様子を見に……。ふふふ……」


 様子見は嘘らしい。コソコソと話をしていたから首を突っ込んで来たのだろう。が、続く言葉は少しばかり予想外だった。


「それに、そろそろ輪力の結晶が揃った頃かと。ええ、指折り数えて待っておりましたとも。確か……そう! 召喚士殿は確かに、この烏羽から能力の強化を行うと仰っていたでしょう? ええ、捜させるのも無礼かと思いまして。馳せ参じた次第でございます」


 皮肉っぽい言い方をしているが、強化に関する用件でここへ来たのは間違いないようだ。楽しみにしているのかまでは定かではないが、プレイヤーの言動を試すような響きは確かに存在している。

 良い仕事をしている声優に内心でエールを送りつつ、答えをどうするべきか、とまたも思考がブレる。考えている内にダメ押しと言わんばかりに烏羽が動いた。


 スッと青白い手を差し出してくる。貸していた物を返せ、と言わんばかりの傲慢さと当然さだ。


「さあさあ、召喚士殿。この私めを強化して下さるのですよねえ、ええ。ああそれとも、後から来た薄群青の言を信じて……止めますか?」


 薄群青は一切の嘘を吐いていない。本当に同じ社にいる烏羽というプレイアブルキャラクターに対し警戒を抱いているのだと分かる。対して烏羽は特に「自分は安全である」事を証明しようとはしていない。これは彼の性格に寄るものなのか、それともプレイヤーの不利になるイベントの前振りなのか。

 だが――メタ的な推理をすれば、ゲームである以上、露骨な初見殺しもとい詰みという状況は起こらないと思われる。進行不能になってしまえば、折角居着いたユーザーを手放す事になってしまい、誰の利点にもならないからだ。

 であれば、やはりプレイヤーの好みや効率に合わせて好きなようにプレイするのが、きっと正解だろう。


 十数秒だけ思い悩んだ花実は、未だに目の前にある大きな手の上に結晶をきっかり2つ乗せた。実際に受け渡しをする、という行為のおかげで「私が育てました」感が出て大変よろしい。次提出のレポートに書いておこう。

 自分の思い通りに事が運んだはずの烏羽はしかし、一瞬だけその動きを止めた。


「……頂きましょう」


 結晶が光を放ち、それを強化対象である烏羽が吸収。まさにレベルアップ、または強化といった様子のエフェクトだと他人事のようにそれを眺める。

 ここで初めて烏羽が満足げに一つ頷く。


「能力が一つ解禁されました。まあ、身体能力を解放しただけなので、召喚士殿には違いが分からぬやもしれませんが」

「やったー」


 パチパチパチと、取り敢えず拍手を送る。ただ、これが能力強化の恩恵か今日の烏羽の驚きポイントはそれだけに留まらなかった。


「ふむ、とても良い気分です。ええ、今回くらいは我が主である貴方様にこの力を試させて差し上げても良いですよ。はい」

「おおー!!」


 強化した事より、その発言に微塵も偽りが無かった事に感動する。数日待った甲斐があったなと感慨深い気持ちにさえなった。あの烏羽が、嘘を吐かない。それだけで大変面白い物を見た気持ちである。


「テンション上がってきた。戦闘させるの、楽しみだなあ」

「なかなか猟奇的な事を仰る。ええ」


 鼻歌さえ歌いながらも、花実はゲーム内の端末を取り出して烏羽の強化画面を開く。一番上の項目を解放した事により、次の強化内容が明らかになっていた。次に解放出来るのは「術威力」、必要な結晶は2個。次も基礎ステータスに関わる項目らしい。尤も、ステータスなんてこのゲームで見た事が無いのだが。

 ――よしよし、やっぱり強化は良い!

 機嫌が良いままに、ストーリーへ突撃しよう。そろそろ前へ進める時間だ。

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