22.進展(1)
***
恒例となってきた魔女裁判、もとい裏切者捜し。花実以外には誰が裏切者なのかさっぱり分かっていないので、今日も朝から裁判2日目を迎えようとしていた。
昨日の夜間は何も起こらなかったようなので、一旦ログアウトして食事を摂った後、ゲームにとんぼ返りを決めて今に至る。布団に入って翌日を迎えると否応なしにゲームが進行してしまうので、ここで一旦区切る必要があったのだ。
それはさておき、宿の大部屋には異様な緊張感が満ちている。烏羽を除く神使は皆ピリピリとした空気を放っており、人外の威圧に人類である花実はほとほと困り果てていた。
やがて険悪な空気を両断するように、神妙そうな顔の灰梅が間延びした声を上げる。これは彼女の口調なので場にそぐわないと咎める者は誰もいなかった。
「それじゃあ~、裏切者捜し2日目、始めましょう」
2日目の立ち回りは簡単だ。どうにか褐返が裏切者だと誘導できれば、一人処置完了である。そして自分の予想では姿の無い「4人目」が存在している。これも上手く炙り出せば万々歳だ。とはいえ、褐返がどうにもならないのでここまで進むのは難しそうだが。
現場には召喚士一行である自分と烏羽、現地の神使である褐返、灰梅、薄群青と変わりの無い面子が揃っている。そして、昨日メモを置いていった神使。その神使も姿が見えないだけでここにいるのだろうか?
「あの、ちょっといいかな」
意を決して花実は口を開いた。途端、視線が人間の小娘へと集まる。何故、ゲームでこんな授業中教師に指された時のような緊張感を味あわねばならないのか。
生唾を飲み込み、恐る恐る質問を提示する。
「あー、えっと、あの、褐返に聞きたいんだけど」
「またお兄さんに? え~、なになに?」
「褐返以外に、裏切者の仲間とかっているの?」
「ちょっ、俺を一人だけ疑い過ぎじゃない? ねえ? いない、って。それ以前に俺は別に裏切ったりなんかしてないんだよね」
――やっぱり全文嘘じゃん。
4人目はいる。裏切者が確実に2人いるのだ。昨日のメモの件で明らかではあるが、実際に「ここにはいない者が内部に入り込んでいる」のはなかなかの恐怖体験である。しかも、それを確信しているのは自分と、そして裏切者張本人だけ。
いや――いや、待て。ふと気付く。そういえば昨日の夜、烏羽を外に立たせていた。烏羽が近くにいたからこそ、メモの書き置きだけで裏切者の誰かが召喚士を恐がらせようとフラグを建てたのではないのか?
ならば、烏羽は外に立っている間、誰にも会わなかったのだろうか。或いは何者かの気配を感じ取ったりはしなかったのか? 気配に鋭いのは阿久根村の件で立証済み。言わないだけで、奴は何者かの存在に気付いているのかもしれない。
「そうだ、烏羽。昨日の夜なんだけど――」
誰かいなかった? そういう趣旨の問いかけをしようとした瞬間だった。
もう月城町に来てから何度も何度も耳にしている、危険を報せる為の鐘の音が鳴り響く。あんまりにもぴったりなタイミングに思わず溜息が漏れ出た。いやいや、このパターン何度目なんだと。
それは流石の薄群青もそう思ったのか、ずっと黙っていた彼がウンザリとした調子で呟く。
「理由も無く召喚士サンの肩を持つ訳じゃないんスけど……。流石に褐返サンが疑われる度に、汚泥出現し過ぎじゃないッスか?」
「ん~、そうかな。というか召喚士ちゃんがお兄さんの事ばっかり疑うから、偶然が重なったんじゃない? だってほら、彼女、俺以外は疑わない方針みたいだし」
薄く笑う褐返。対し、灰梅の反応はまさに神使然としたものだった。即座に優先事項を判断、指示に移る。
「ごめんなさいね~、召喚士ちゃん。わたし達は~、神使という立場上、出現した汚泥をそのまま放っておく事は出来ないわぁ。討伐に行かなければならないの。でも連日、召喚士ちゃん達にお手伝いしてもらうのも申し訳無いわ~。ここで待っていて貰える?」
「灰梅サン、三手に別れるって事ッスか? 俺等の中に裏切者がいるんだから、2・1に別れるのは危険でしょ。褐返サンが裏切者だったとして、サシじゃ流石に押し負けるッスわ」
「勿論~。あなたの言う通りにするつもりよ~」
汚泥の出現に際し、対処法を話し合う神使達を尻目に花実はどう立ち回るべきかを思案していた。ここで待っていて良いと言うのなら、お言葉に甘えるのも吝かではない。正直、町へ侵入した汚泥との戦闘はほぼ一瞬。少量の汚泥など脅威ではないからだ。
なので目下の問題は裏切者である――本来は身内であるはずの神使。裏切者と1対1になれば狩られる可能性が少なからず生まれるという訳だ。
加えて薄々気付きつつあるが、町の神使をゼロにしたら、その町は実質的な詰み。それがゲームオーバーとイコールになるのかは定かではないが、よしんばゲームオーバーにならずともペナルティがありそうなのは確かだ。シナリオ通りに攻略したい所存。
「どう致しましょうか、召喚士殿? 大人しく宿で神使共の帰りを待ちますか? ええ、私はどちらでも構いませんとも」
考えていると烏羽が囁きかけてきた。彼はこの緊急事態に対し、面白おかしそうに笑みを浮かべており、心底愉しんでいる事だけが伝わってくる。
そうそれで、立ち回りだ。宿に残るふりをして、現地神使達の動向を探ろう。それぞれを単独で行動させれば、褐返が何らかの尻尾を出すかもしれない。そう思い付いた花実は烏羽ではなく、灰梅に返答した。
「私と烏羽は宿で待ってるよ。灰梅達も怪我をしないように気を付けてね」
「ええ、心配しなくていいわよ~。すぐに戻ってくるからね、召喚士ちゃん」
ひらりと手を振った灰梅は、他2人と共に外へ出て行った。
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