21.夜時間(2)
烏羽を部屋の前に配置してすぐ、居間へと戻る。そこで花実は先程までは決して無かったであろう物体を、机の上に発見した。
自分と烏羽は茶をしばいていた訳だが、花実の使用していた湯飲みのすぐ傍。貴方に用があります、と主張するかのように二つに折り畳まれた白い紙切れが鎮座している。烏羽が置いて行ったのか、と考えたが彼がそんな挙動をしている暇は無かったはずだ。
首を傾げながら、二つ折りの神を開く。
それは――メモ、と言うか書き置きに近いものだった。中身を読み、ゾッとして息を呑む。背筋に冷たい物が奔るような感触さえした。
メモ曰く、『影ながらお守りしています』とそれだけ。ただ一言だけがやけに丁寧な字で綴られている。
――えっ、まさか、まさかストーカー!? ゲームのストーリーで!?
シンプルな恐ろしさに襲われ、肌が粟立つのを感じる。どこの誰だか分からない上、文字媒体なのでこの一文が本心なのか大嘘なのかさえ分からない。いや、真偽がどちらであったとしても恐ろしい事に変わりはないが。
もしかして、自分がずっと存在を捜している4人目の神使にして裏切者の一人から宣戦布告を受けたのだろうか? そうであれば、敢えて恐がらせるようなやり方をするのにも頷ける。
「うう、急にホラー感出て来たな、シナリオに……」
頭を緩く振り、恐ろしい書き置きをゴミ箱にそっと横たえる。あまり刺激の強すぎるメモを直視したくなかったのだ。
ぐったりと溜息を吐いた花実は一旦ログアウトすべく、動き始めた。ゲームを中断し、一条生活のルーチンをこなさなければならない。
***
一方で外待機を命じられた烏羽は、召喚士がおわす部屋の前で腕を組み、戸にもたれ掛かって勤めを果たしていた。勤務中の態度とは到底言えないだろうが、生憎とそんな烏羽を注意する者はいない。
廊下は静まり返っており、他の泊まり客も室内で大人しく過ごしている事が伺える。当然、押し入るように宿を取った神使連中も息を潜めて気を張っているようだった。
「――神使業も大変だね、大兄殿」
そんな曖昧な意識の中、不意に烏羽の耳朶を打った声は件の褐返のものだった。涼やかな笑みさえ浮かべて、緩く手を振られる。当然、それを無視した烏羽がニヤニヤと笑みを浮かべる。そうして、褐返の皮肉に言葉を返した。
「ええ、ええ。大変ですとも。ですが、私とて神使の身の上。召喚士殿に尽くしますとも! ふふ、ふっふっふ……」
「嘘がお上手な事で。ところで、召喚士とはいえ人間風情にこき使われて腹は立たないのかな? それもまた、気分という事なのか」
「んふふふ、ええ。此度はそういう気分です。人間風情にこき使われ、見当違いの命令を下されるのを観察するのもまた一興」
「あの子、割と大兄殿の興味を惹いてるんだ。ふぅん、意外だね」
「私が何に心を砕き、何を愉しみ、何を尊ぶのかは私の自由ですからねえ。ええ、やりたい事しかしない主義でして」
「そうだろうさ。……で? 戸の前からちょーっと席を外したりするご予定はあるのかな? 大兄殿」
はは、と乾いた笑い声を漏らした烏羽が獰猛な笑みを浮かべる。肉食獣さながらの圧に、褐返が半歩後退った。
「ある訳がないでしょう。我等が召喚士殿の命令ですよ? ええ、この先へ進みたいのであれば今すぐ私と殺し合いです。ええ、召喚士殿はお前を一等疑っておられる。『うっかり』縊り殺してしまっても、お怒りはすまい」
「いや、正気? そもそも俺は、なんで大兄殿が『そっち側』にいるのかも理解出来ないんだけど。いやホント」
「何を馬鹿な。世界など何が起こるか分からない。そうでしょう?」
「いや、何が起こるかっていうか矛盾が生まれてる話なんだよね」
そんな事より、と烏羽は目を細めて態とらしく首を傾げる。対峙している褐返は、碌でもない問いの予感に顔を強張らせた。
「お前、少々作戦の粗が目立つのでは? 召喚士はお前の事を完全に黒幕だと確信しているようでしたよ」
「そうなんだよなぁ。俺が何したってんでしょうね。っかしーな、不審な行動はしなかったはずなのに」
「私も何をそう疑う要素があったのか問うてみましたが、いまいち明確な答えは頂けませんでした。ええ、非常に興味がありますね。とりっくとやらが。余所のあかうんとから、ねたばれで得た情報だったら――ああそうですね、殺しましょう。つまらないので。ええ」
「はい? 何ですか? ……まあぶっちゃけ、俺が話せば話す程、何故か不審人物を見るような目になっていったんだよね。何でかな、本当。というか烏羽殿、我等が大兄殿。俺が黒幕だって事、もう周辺神使に暴露しちゃう感じ?」
問いに対し、烏羽は眉根を寄せて態とらしく困ったような、笑っているような複雑な笑みを浮かべた。
「んふふ、召喚士殿から今起こった事を報告しろと言われれば、その言に従いましょう。指摘されなければ私から進言する事はありませんよ。ええ。この身は召喚士殿の傀儡です故」
「ま、そりゃそうか。だって大兄殿――俺と会った時から、俺が裏切者だって知ってたでしょ。正直な所」
クツクツと嗤う烏羽は、その問いに肯定も否定も返さなかった。肩を竦めた褐返がふらりと身体を反転させる。面白おかしそうな烏羽の低い声が小さく響いた。
「――おや、戻られるので?」
「俺が一人で大兄殿に勝てる訳ないじゃん……。安全第一だからさあ、俺」
こちらを一瞥した褐返はしかし、今度こそ振り返ること無く廊下の角を曲がって消えて行った。
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