20.夜時間(1)
***
宿の自室にて。花実は目の前に座る大男、もとい烏羽に対し僅かに首を傾げた。自分と奴の部屋は別々であり、解散した後もここに居座る理由がまるで分からないからだ。しかも、優雅に茶など飲んでいる。飲食は不要ではなかったのか。相変わらず、気分によって言い分がコロコロと変わるらしい。
花実の胡乱げな視線に気付いたのか、或いは気付いた上で放置していたのか。不意に初期神使がこちらを見た。企みがある、ニヤニヤとした笑みが貼り付いている。
「ところで、召喚士殿。ずっと気になっていたのですが――ええ、何故、褐返をあんなにも疑って掛かったので? 私と貴方様は今回、絶えず一緒に行動しておりました。つまり、召喚士殿の視点は私の視点でもあります。ええ、褐返に不審な点は今の所ありません」
――あ、やっぱり不審な行動はなかったんだ。フラグ建て忘れかな、それとも今からがフラグ建設タイムなのかな。
烏羽の性格の悪さは一級品だが、機転の良さも一級品である。それに、嘘を吐いている様子は見受けられないので本当に召喚士の行動に疑問を覚えて問いを口にした様子だ。
まるで人間みたいな思考パターンだな、と考えて頭を振る。いけない。ゲームが楽し過ぎて現実に帰還できなくなってしまう。
「証拠、証拠ね……別に無いけど」
「何も無いのに疑っておいでで? 褐返の事などどうでも良いですが、どういう思考を経由して召喚士殿がその結論に至ったのかは――ええ、興味があります」
どう答えたものかと逡巡する。「私には相手が吐いている嘘が分かります」、と言うのは簡単だが、そんなピンポイントな答えに対し、データが受け答え出来るのだろうか。それに――その、あまり上手くは言えないのだが。あまりにも優秀なこのAIが、一個人の特技に対応してきてしまったら。そう考えると、空恐ろしさを覚えてしまうのである。
そんな大きな感情論を引っ提げたまま、花実は口を開いた。
「本当、特に理由とかは無いんだって。でも、褐返が裏切者なのはほぼ確実だから、どうにか周囲を納得させないと」
「推理の前に裏切者が分かってしまっては、順序が逆になってしまいますねぇ。ええ、おかしな話ですとも。それに、貴方に対し生意気な態度を取っていたのは薄群青のみ。表面上は穏やかにしていた褐返を追い込むのも、理解が全く出来ませんね」
「いや、薄群青と灰梅は多分、シロだよ。全然疑わしい言動じゃ無いし」
「ふむ。あまりにも自信満々ですね。ええ、良いでしょう。今回は召喚士殿の導き通りに事を進めると決めておりますので。では、褐返を裏切者と仮定して話を進めましょう」
――コイツ、まだ部屋に居座る気なの?
そう思いはしたが、烏羽はご機嫌だ。このまま経過を見守ろうと思う。
「召喚士殿の言が正しければ、裏切者1、ただの神使が2。我々は町の一つに駐屯するつもりは毛頭無いので省略しましょう。この場合、褐返の目論見は神使を1人以下にする事でしょうね」
「1人以下に?」
「褐返に薄群青と灰梅を一度に相手するだけの戦闘技能はありません。そこに我々も加わりましたので、奴が本当に黒幕ならば面倒臭い現状に嫌気が差している事でしょう。ええ、実に愉快愉快!」
「弟なんじゃないの?」
「弟? はは、面白い事を仰る。色が似通っているだけの、別個体ですよ。そも、全ての神使は同じ母体から創られていますので、全員が兄弟という事になってしまいますよ。ええ」
「……そうなんだ」
烏羽の言葉に嘘偽りはない。大兄殿、と呼ばれているようだったが深い意味はないようだ。
「そう、それで裏切者は――召喚士一行を利用し、どれでも構わないから神使を1体、闇に葬ってしまおうという魂胆でしょうねえ。ええ、何せ、我々は事が済めば町からは出て行きますので」
「私達がいなくなった後、町を乗っ取るって事?」
「さようで御座います。ふふ、誰が裏切者であろうと根幹の部分は変わらないでしょう。いっそ、ええ、使えない雑魚神使など全員まとめて処分してしまった方が良いのでは?」
「いや、町乗っ取られるじゃん」
「おやおや、この程度の妄言には引っ掛かりませんか」
とにかく、明日までに現状をどうにかして褐返が裏切者である事を立証しなければ。しかし、烏羽言った通り奴に不審な点はない。もしかして、事が起こるまで手をこまねいて見ているしかないのだろうか。
「ああそうだ、召喚士殿」
態とらしい、さも「今思い出しましたが」とでも言いたげな声音に思考が引き戻される。座布団から立ち上がりつつある彼は、愉しげに唇の端を釣り上げ、ぐっと机を挟んで花実へと近付く。
彼お得意の、内緒話をする程度の距離感で面白おかしそうに話始めた。
「貴方――明日まで生きていられると良いですね?」
「……えっ」
「召喚士を利用するのに、件の召喚士が五体満足で息をしている必要性はそんなにありませんし。ええ、私が黒幕なら邪魔な召喚士をまず八つ裂きにし、善良な神使に濡れ衣を着せて差し上げる所ですとも」
「え、でも」
「バレなければ、罪にはならないのです。碌な抵抗も出来ない人間の小娘など、格好の標的ですよ。ええ、それこそ悲鳴を上げる暇も無く速やかに息の根を止めてしまえるでしょう」
――そうじゃん!! 私、襲われたら誰にも証拠を残せないじゃん!!
あくまで神使同士が争った際には援軍を呼んだり、情報を持ち帰る事が出来る訳で。非力な人間である自分は、襲われれば即死。悲鳴という爪痕すら残せないのは自明の理だ。
尤もこのゲームにそんなミステリー要素があるのかは不明だが。しかし、烏羽はプレイヤーの反応を面白がっているものの、現状嘘は吐いていない。ならば、素直に助言として対策を講じた方が良いのだろう。
離れて行った烏羽にお願いする。
「ちょっと、私を護衛して欲しいんだけどね……!」
「ええ、ご命令とあらば。では、私はどこにいましょうか。部屋の中? それとも外に? ええ、それとも共寝などどうです?」
「部屋のドアの前に立っててよ。同じ部屋っていうのはちょっと」
「外で突っ立っていろと? 随分とまあ、荒い人使いですねえ。ええ」
そう言いはしたが、烏羽は絶対に嫌だと拒否する素振りは見せない。申し訳ないが、夜間の暗い部屋に大男が立っていたら普通にホラーである。1日の締めを明確に区切らないと、いつまでもゲームが進行しないので布団に入るロールまでは恐らく行わないといけないし。
それに、そろそろゲームの時間も結構な事になりつつある。翌日を迎える準備を終えた後、一度ログアウトした方が良いかもしれない。
「――そういう訳だから、何かあったらよろしく。すぐ呼ぶからね、すぐ」
「はいはい、承知致しましたよ」
こうして花実は烏羽を部屋の戸の前まで見送ったのだった。
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