19.裏切者捜し(2)
嫌な静寂が場を包む。誰もが息を呑み、烏羽への警戒心を露わにする中、花実もまたゆっくりと生唾を呑み込んだ。
ゲームだ、所詮は。
けれど、あたかも目の前で生きているかのように振舞うこの、リアルさ。何より自分はあまり残酷表現が得意なタイプではない。初期神使の「殺すか?」という問いに嘘はなかった。はい、と返事をすればすぐにでも褐返に襲い掛かる事だろう。
果たして――それでいいのだろうか?
間違いなく褐返が裏切者だと思っているが、残り2人の神使を差し置いて、ここで敵キャラクターと思わしき男を処断するのが正しいのか。それとも、シナリオに沿って回答を提示した方が良いのか。
第一、連れているのが烏羽でなければ処断するという選択肢が生まれない可能性だってあった。もっと穏便な方法で解決するのかもしれない。
そして、懸念事項がもう一つある。架空の4人目神使だ。ここで褐返を処断したとして、こちらの推理では姿を見せない4人目の神使にして裏切者がいるはずなのだ。つまり、褐返一人を処断した所で被害が終わらず、花実自身が褐返を貶める為に嘘の罪を暴露したという話に変わってしまうのではないだろうか。
最悪、もう一人いるはずの裏切者に目星を付けてからでなければ、ここで彼を処断するのは悪手のような気がしてならない。
諸々の事情をたっぷり数十秒掛けて考えた花実は、ややあってその首をゆっくりと横に振った。
「ううん、いい。まだ駄目だと思う」
「ここで殺処分しておかなくてよろしいので? ええ、おかしなお話ですなぁ。他でもない貴方様が、褐返が裏切者であると断定したのに! 口から出任せでしたか?」
とびきり意地の悪い顔をした烏羽がぐっと身を屈めて、顔を覗き込んでくる。正論ではあるが、重箱の隅を突くような物言いに僅かに顔をしかめた。途端、満足したように烏羽が離れて行く。人の嫌がる顔を見るのが好きらしい。
ただし、烏羽は事態の収束に一役買ってくれた。おかしくて堪らない、そんな顔をしながら議論のまとめに入る。
「ええ、聞きましたね神使の皆様。召喚士殿はこう仰られております。褐返が裏切者である件は、一旦ここで終了という事で。ええ! 申し訳無い! 適当な事を申し上げてしまって!」
流石に召喚士を可哀相だと思ったのか、僅かに眉根を寄せた薄群青が口を挟む。やや非難の滲む声音だった。
「そういう言い方、召喚士サンに失礼でしょ。アンタ、煽らなきゃ会話も出来ないんスか?」
「ええ、これは大変失礼をば! ですがまあ、事実、ですので。はい」
「や、もっと柔らかい言い方は……いや、烏羽サンにそんな事言っても無駄か」
「お分かり頂けたようで。ええ、何よりです」
気持ちを切り替えるかのように、薄群青が首を緩く振る。
「――じゃあ、取り敢えず今日の所は相互監視の名目でこの宿に全員泊まるって事で。限りなく白で確定してる召喚士サンが裏切者に狙われる可能性も否定できないッスからね。なるべく神使を近くに置いておいた方が良いでしょ。こうなってきたらさ」
「そうかしら~? 誰か一人を疑って掛かる訳じゃないけれど、この中に裏切者がいるのよねぇ? なら~、召喚士ちゃんをその中に放り込むのは悪手なんじゃない?」
灰梅の言い分も一理あるが、薄群青の言い分にも一理ある。花実の視点では、双方嘘を吐いていないのでどちらの意見に乗ってはいけないのか、までは看破できなかった。どちらも本当にそうだと思って発言しており、そこにそれ以上の他意は無いからだ。
露骨に疑われている褐返は召喚士の反論を恐れてか、無言を貫いている。むしろ、今は喋ってくれた方が良いのだが。彼と逆張りにするので。
ふむ、とここで烏羽がご機嫌そうに頷く。奴は花実が醜態を晒した後からこっち、ずっと上機嫌である。
「灰梅も薄群青、どちらの意見を採用しても相応の危険性はありますねぇ。ええ、ぶっちゃけて申し上げますと――どちらの意見も差ほど何かが変わる事は無いかと。そも、灰梅殿は新しい案を出している訳ではありませんが」
「……」
「どうされます? 神使の連中と共に宿へ泊まるか。もしくは、神使共は元々の依拠に帰すか――現状はその二択かと。勿論、第三の意見を提示するのもありですとも。ええ、召喚士殿」
やはり今回の烏羽は主人に嫌味を言うものの、最終的な決定権は委ねるスタンスらしい。リスクの話をしただけで、ああしろこうしろ、とは言わない。あまりにも自由度が高すぎるとどうして良いか分からなくなる。
そもそも第三の意見は自分にはハードルが高い。彼等より良案を出せる知識量は無いからだ。よって、必然的に2人の内どちらかの案を採用する運びとなる。
「え、えーっと、じゃあ、全員同じ宿案で……」
悩んだ末、同じ宿に陣取る事とした。最悪、尻尾を出した褐返をその場で検挙出来るかもしれないと考えたからだ。それに、裏切者からのヘイトを稼ぎ過ぎている気がする。もう一人、裏切者がいるかもしれない状況で頼れるのが烏羽だけなのは少し恐い。何せ、奴は面白ければプレイヤーを見捨てるというロールで動きそうだからだ。
花実の決定を聞いた灰梅が少し心配そうに眉をひそめた。彼女は最初から、薄群青の意見にやや反対の意を示していたので当然だ。
「そう? それでいいの? うーん、もし何かあったらぁ、大声で誰かを呼ぶのよ~。召喚士ちゃんはとても脆弱な人の子。一人にならないようにしてね~」
「あ、うん」
話がまとまったからか、薄群青がその場を取り纏めた。
「そんじゃ、明日は午前8時に集合しましょ。もういい加減、裏切者も炙り出したいので。テキトーに部屋戻ってこれまでの経緯とか何とかを思い出してみるッスわ」
こうして、本日は解散と相成った。
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