18.裏切者捜し(1)
***
花実と烏羽が宿へ戻る頃には、二手に別れていた神使達の方も宿へ戻って来ていた。一様に険しい顔をしており、険悪なムードが漂っている。当然だ。汚泥の出現したタイミングは、あまりにも良すぎた。
宿の一室に召喚士一行が戻ってきたのを確認してか、無理矢理笑みを浮かべた灰梅が小さく手を打つ。
「お帰り~。それじゃあ、早速報告を始めましょうか。わたし達の所は~、問題無く汚泥を討伐してきたわぁ。数は3体程で急に変な場所へ出現した事以外は、いつもと変わらずだったわ~」
「あ、こっちも同じく」
灰梅の言葉に簡素な返事をする。報告としてはボロボロだったが、彼女もそれ以外の彼等も気にする様子はなかった。やはり眉根を寄せて不審そうな顔をしている薄群青が、低い声で独り言を溢す。
「やっぱり、最初から内側にいたのか……? でも、どうやって入って来たんだろ」
――どうやっても何も、誰かが持ち込んだとしか……。
チラ、と花実は沈黙を貫いている褐返を見やる。一番怪しいと疑って掛かっている相手だが、言動からは裏切者という雰囲気は一切感じられない。嘘を見抜ける自分だけが、彼の言葉を不審に思っているだけだ。
ともかく、あの汚泥が神使の手によって持ち込まれた物なのか、それとも別の要因があるのかは確認しておきたい。結界に穴を開け続けられる、と言うのならばそれは詰みを示している。
「――褐返。あなたが汚泥を町の中に持ち込んだの?」
「えっ、俺を名指し? いやいやいや、俺にだけそれを聞くのは変じゃない?」
「いやそうだけど。はいか、いいえで答えて欲しい」
「……」
ここで褐返は何かを思案するような表情を一瞬だけ浮かべた。が、文字通り一瞬後には普段の気のよさそうな表情へと戻る。
「まさか。持ち込んだりしてないさ、汚泥なんて」
――はい、嘘!!
心中で絶叫し、そのままの勢いで褐返から数歩遠ざかる。ここでの嘘は転じて、「俺が汚泥を持ち込んだ」という意味に直結してしまう。つまり、やはりコイツは裏切者で確定だ。仲間の中に一人、犯罪者のような者が紛れているというプレッシャーは想像よりずっと重い。
どうしよう、どうする。推理も何もしていないが、ここで褐返が裏切者と断定すれば解決するのだろうか。ゲームのシナリオを大分省略してしまう事になるので、そこは上手く軌道修正されるのだろうか。分からない。
一応、花実自身は裏切者ではない体でストーリーが進んでいるので、ここで暴露してしまえばそれで終わるかもしれない。
現実世界でならこんな推理も何も無い勝手な偏見とさえ思える意見など、決して口にはしない。だがここはゲーム、そのシナリオだ。試しにあらゆるフラグをすっ飛ばして褐返が裏切者だと暴露してみるのもいい。
プレイヤーが気付いていないだけで、ここに至るまでの過程において聡明なプレイヤーなら褐返が不審な行動を取っていると分かる描写があったのかもしれないし。ワンチャン、指摘したら勝利終了だ。
「召喚士ちゃん? 黙り込んでどうしたのかしらぁ。少し顔色が悪いわ~」
「いやあの、私、気付いちゃったんだけど――」
さも、今気付きましたという体を装いながら口を開く。当然、花実に一同の注目が集まった。続きを促すように、通常運転の烏羽が大仰に台詞を吐き出す。
「ええ、流石は我等が召喚士様! この行き詰まった状態を打破する意見があるというのですね。ええ、期待しておりますとも!」
――変なプレッシャーを掛けるのは止めろ!
胃の痛い思いをしながらも、今度こそ発言する。
「私、裏切者は褐返だと思うな……」
室内が静まり返る。主に困惑の空気が満ちており、どうにか召喚士の発言の意味を考えようとしている様子だ。唐突に答えだけ示してしまった申し訳無い気持ちで一杯になってきた。
ややあって、ポカンとした間抜けな空気を破壊したのは褐返その人だった。呆れたような、しかし包容力のある大人ですと言わんばかりの態度で穏やかに諭すように言葉を紡ぐ。
「えっと? ごめんね、召喚士ちゃん。前々から思ってたけど、何でお兄さんが裏切者だと思ってるのかな? 気に障るような事でもしたっけ。全然覚えがないんだけど。俺が裏切者だっていう証拠とかがあったりする?」
「じゃあ、胸を張って自分が裏切者じゃないって言える?」
「勿論。いくら黒系だからって、俺も神使の端くれだからね。俺は裏切者じゃないよ」
――やっぱり嘘じゃん、この人本当にアウトなんだな。
今度こそ決定的だった。ずっと裏切者らしい嘘を吐き続けていたが、裏切者じゃないという言葉が嘘なのは、もう良いようには考えられない。
だが、ここで新たに反論してきたのは薄群青と灰梅だった。
「召喚士サン、あんま言いたくないんスけど、確固たる理由もないのに褐返サンを裏切者断定は出来ないッスわ」
「そうよねぇ……。神使も無限にいる訳ではないしぃ、怪しいという理由だけで裏切者を処理……なんて事は出来ないのよねぇ。主神様がせめていらっしゃれば、処断した後に違えば復活――なんて離れ業も使えるのだけれど」
そうなるだろうな、とは思っていたが予想以上に賛同を得られなかった。当然と言えば当然なので、肩を竦めた花実は小さく溜息を吐く。やはりシナリオから大きく外れたルートには進まないよう、調整されているのかもしれない。もしくは、これまでの道中でフラグを回収し忘れているのか。これからフラグが建てられるのか。
ただここで――空気を読まない最低最悪の愉快犯が不意に口を開いた。思えば、今日はずっと大人しくしていたので存在を忘却していたのだ。
「ふむ。神使風情の意見など、聞き入れる必要はありませんぞ召喚士殿。ええ、褐返はどうしましょう? 殺しますか?」
「えっ」
「何を驚かれているのです。ええ、私は貴方様のご意見を信じておりますよ。さあ、一先ず褐返を処断してしまえばよろしいのでは? 以降、汚泥の被害に遭わなければ其奴が裏切者であったと証明できます」
想像の倍はエグい提案をされてしまった。恐る恐る、烏羽を見上げる。何よりも恐ろしいのは、「召喚士の意見を信じる」の件が嘘だった事だ。一体何を企んでいるのだろうか。ちっとも目が笑っていないのに、にこやかにも見える道化はあくまで花実に決定を委ねるつもりのようだ。
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