17.トラブル(4)

 まあまあ、とその場を宥めたのはやはり彼女――灰梅だ。彼女は穏やかな表情のまま、穏やかな発言を続ける。


「一先ず、召喚士ちゃんの言う通りにしましょう。きっと、何かお考えがあるのよ~。それで~、私の行動履歴だけれどぉ。薄群青くんとほぼ一緒ね~。ずっと自宅にいたわ。それと、参考までに。私が現場に到着したのは~、薄群青くんの次。2番目よ」

「ふむふむ。なら、最初に薄群青が来て次に灰梅。最後が褐返の順番で到着したんだね」

「ええ~。この情報が少しでも役立つと良いのだけれど~」


 灰梅にも嘘偽りはない。であれば――最後、褐返の証言に注目が集まる。花実にとっては二重の意味でだ。ここまで嘘吐きが一人もいなかったのだから、彼以外には裏切者である事があり得ない状況となっている。

 生唾を飲み込みながら、態度だけはかなり自然体である彼の言葉を待つ。


「じゃあ、最後はお兄さんね。俺もずっと依拠にいたよ。ま、こんな夜中にふらふら出歩いたりはしないねえ」


 ――凄い、嘘だ!!

 かなり黒に近い状態の神使を前に、息を呑む。2人嘘センサーに引っ掛からなかった時点で、やはりデータの嘘を見分けるのは根本的に無理かもしれないと思ったが、そんな事はなかった。前回、薄桜の時が特殊だった訳ではないようだ。


「あの、褐返、あなたって結界に触ったりした?」


 一瞬の間。酷く怪訝そうな顔をした彼はややあって首を傾げながら口を開いた。


「俺だけにその質問を? ……結界には触ってないよ。満足したかな、召喚士ちゃん」

「……うーん、うん……」

「え、何その不思議そうな顔」


 生じる矛盾。褐返が結界に触っていないのは、嘘じゃ無い。つまり真実だ。でも、それならどうやって汚泥は結界内に浸入した?

 もしかして――裏切者が2人以上いるのだろうか。だが、薄群青と灰梅は嘘を吐いていない。ならば、この3人以外にもう1人、別の神使が存在している?


「えーっと、烏羽」

「お呼びでしょうか、召喚士殿」

「ごめん、変な事聞くけど、烏羽は結界に触ってないよね。この一件で」

「……? え、それ本気で聞いてます? ええ、吃驚なのですが。触っておりませんよ、どうされました? 急に」

「そうだよね、うん」


 困惑しつつ帰って来た答えは、当然ながら嘘などない。それよりも「え」という間の抜けた母音が本当だった事に、やや心を痛めた。すまない初期神使。

 だが、幻の4人目がいるのならここでずっと発言を突いていても意味が無い――


 瞬間、町内で何かが爆発するような音が響く。続いて絹を裂いたような悲鳴。ぎょっとして音がした方を向けば、火の手が上がっていた。何故。

 思考が上手くまとまらない。カンカンカン、と危険を報せる鐘の音が高らかに響き渡り始める。

 事態にすぐ反応したのは薄群青だった。神使と言うのは、見た目は人であるにも関わらず五感も優れているらしい。眉根に皺を寄せた彼はポツリと溢した。


「汚泥……? 俺が通ってきた時はいなかった……」

「なら、君がいなくなった後に現れたんじゃない? 何とも言えないけどね」


 薄群青の呟きに対し、そう応じた褐返もまた音がした方を眺めている。何でもいいわ、と灰梅がその場を制した。


「二手に別れて~、まずは汚泥の討伐を。ごめんねぇ、召喚士ちゃん。烏羽さんと一緒に~、東門の方を見て来て貰っていい? 私達、3人の中には敵対者がいる可能性があるからぁ、あまりまぜこぜしたくないのよねぇ」

「わ、分かった」


 ちら、と烏羽に視線を送る。ニヤニヤと唇を歪めた彼は何をどう受け取ったのか、道化の如き大袈裟さを披露する。


「ええ、ええ、まさに英断でしょう! ささ、参りましょう召喚士殿。裏切者の蔓延るぱぁてぃなどに参加する必要はありませんとも! ええ!」

「いや、言い方……! ごめんね。それじゃあ、また後で」


 灰梅に手を振って別れる。このゲーム、やはり現実に寄せているからかプレイヤーの手を振るというモーションに合わせてしっかり手を振り返してくれた。凝った作りではあるのだが、現実へ戻れなくなりそうなので程々にして欲しいものだ。


 ***


「――結界に穴を空けて入ってきた訳ではなさそうですねえ、この汚泥達は」


 現場へ到着、速やかに汚泥の処理を終えた烏羽は運動後とは思えない程、優雅な仕草で考える素振りを見せながらそう言った。


「どういう事?」

「そのままの意味ですよ、ええ。まるで急にこの場所に現れたかのようです。この地点は結界という境目から近い場所ではありませんし。ええ、ここへ来るまでに別の町人が汚泥を発見し、もっと早く騒ぎになっているはずです。結界から侵入したのであれば」

「確かに……。いやでも、何の為に現れたんだろう。今、急に出現する事に意味はあった? もしかして――」


 ――褐返を疑う素振りを見せたから現れた?

 体の良い話題逸らしとして、幻の4人目がこの場所に放った、とかだろうか。それならば裏切者同士が助け合って引き起こされた事件として辻褄が合う。

 唐突に黙り込んだ私の顔を、相変わらずバグった距離感で覗き込みながら初期神使が首を傾げる。その動き、体躯の大きな彼がしてもやや不気味なだけなので止めて欲しい。神使感の共通モーションなのかもしれないが。


「どうされました、召喚士殿?」

「あ、いや、上手く話を逸らされたかなって。でも……うーん、謎が多いなあ」

「謎が多いも何も。ええ、まだ何一つ解決していないので数がどうのという段階まで行けていないかと」

「厳しっ……」

「一先ず宿へ戻られては? 私達の仕事は終わりましたし。ええ、待っていれば他の連中もゾロゾロと集まってくる事でしょう」

「んー、了解」


 宿の場所など普通に分からなかったので、烏羽に案内をお願いする。呆れたような目を向けられてしまった。いやだからこのゲーム、そういう所は凝ってなくていいのだが。

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