16.トラブル(3)

 本当におかしい、と言わんばかりに嗤い声を上げている烏羽を横目に、花実は状況整理に勤しむ。

 まず神使3人プラス烏羽の様子。

 烏羽は愉しげだ。この闇鍋状態を心の底から愉しみ尽くす気で満々である。

一方で薄群青は現状にやや苛ついているのが伺えた。個人的な意見にはなるが、彼が一番白い気がする。

 灰梅は明らかにカリカリしている薄群青を柔らかな口調で宥めていた。烏羽に笑われている事に関しては、特に何の感情も無さそうだ。彼女が一番、この場で大人な対応を取ってくれる。

 最後に褐返。大兄殿と同僚のイザコザに首を突っ込む気など毛頭無いらしい。現状を静観しており、口を出す気配は感じられない。


 さて、今やるべき事は裏切者の特定。今の所、誰が凄く怪しいという所はなく、灰梅が言った通りもう1体神使がいる説もまるで否定出来る要素はないだろう。

 話を聞いてみれば、誰かがボロを出す可能性だってある。ここは積極的に事情聴取を執り行うべきだろう。何せ、自分には相手の『嘘』だけは分かるのだから。もしかしたらこのゲーム、とても向いているのかもしれない。

 意を決して神使達に話し掛けようとしたがしかし、褐返の冷静な言葉が先に飛び出す。


「ま、大兄殿に同調する訳じゃないけれど、そろそろ裏切者が誰なのかくらいは調べた方がいいかもしれないね。丁度、完全に白で確定の召喚士ちゃんもこの場にいるんだからさ」

「本当に白扱いで良いんすか? 俺、ぶっちゃけまだ信用ならないんすけど」

「でも~、薄群青くん。少なくとも3日前の襲撃時には、召喚士ちゃん達は町にいなかったし~。正直な所、ここに来た時から限りなく白に近い白だったわぁ」


 灰梅の急な指摘に薄群青はバツの悪そうな顔をした。そこに嘘偽りは見られないし、続いた言葉も同様だ。


「いや、だから早めに町の外に逃がしてやろうとしてたんでしょ。宿に囲ってたのも、俺等の依拠から遠い場所だったから置いてただけだし。裏切者の特定は多分、主神が想定した召喚士の使い方じゃないっすわ」

「確かに場が整ってない状況で、主神代理様に来られたら困るもんね。まあ、お兄さん的にはもう、そんな事を言ってられる場合じゃ無い気もするけど」

「それに、召喚士そのものじゃない可能性だってあるじゃん。連れてたのが烏羽サンじゃなかったら、信用に価したんすけどね……」


 おや、と急に名前を挙げられた烏羽が面白おかしそうに笑みを浮かべる。


「唐突に私のせいですか? ええ、悲しい事です。泣いてしまいそう」

「吐くならもっとマシな嘘を吐いて貰っていいすか。アンタのそういう所、ホント信用ならないっす」


 はいはい、と褐返が手を打ち鳴らす。それにより、薄群青達の間に広がっていた剣呑な雰囲気が一旦は霧散した。


「取り敢えず、召喚士ちゃんの有り難い言葉でも頂こうよ。結局の所、彼女が黒と決めた神使が黒だっていう状況に変わりは無いんだからさ」

「そうねぇ。ごめんなさいね、召喚士ちゃん。こっちはこの調子だから、貴方の判断に任せるわぁ」


 ――私のターンが回ってきてしまった!

 所詮はゲーム、データであるにも関わらず、謎の緊張感に襲われる。あまりの没入感に、現実世界でミーティングを始めるような感覚だ。


「えっと、それじゃあ事情聴取から始めようかな。汚泥が町に現れる前、みんなはどこで何をしていたの?」


 シンプルだが嘘発見器からしてみれば、これ程有用な情報はない。この時点で嘘を吐いている奴に質問を重ねればいいからだ。

 勿論、そんな事など知る由も無い薄群青は僅かに眉根を寄せ、不満そうな顔をした後に問いへの答えを返した。


「俺は自分の依拠にいたっすよ。……ああ、知らないと思うから一応補足説明ね。俺等、神使はそれぞれ依拠になる、この町での自宅を持ってるっす。それぞれ町の端と端辺りにあるかな。緊急時に誰でもいいからすぐにでも現場に駆け付けられるように、散らばった場所に配置されてるんすわ」

「あ、ご丁寧にどうも」

「いーえ。そんで、当然日も暮れてるから緊急を報せる鐘の音が聞こえるまでは室内にいた。以上っす」


 ――やっぱりこの人、かなり白に近いなあ。

 嘘は吐いていない。どころか、恐らくは犯人にとっての模範解答とも言える完璧な答えだった。惜しむらくは誰かといた、という話が無いのでアリバイが無いという所か。

 などと考えていると、アリバイが無いという事にいち早く気付いているであろう薄群青が更に言葉を続けた。


「これ、意味あります? この時間帯、神使同士の接触はまずないんすよ。3人全員が誰でも裏切者である可能性がある、って事しか分かんないでしょ。誰も、自分の無実を証明出来ないんすから。嘘も吐き放題じゃん」


 対し、それまで本当に口出しをせずニヤニヤと見守っていた烏羽が険のある言葉をその口から吐き出す。


「おやおや、召喚士殿の御前ですよ。ええ、主神代理の取り決めに対し異を唱えると?」

「異を唱えるも何も、意見を言っただけでしょ。時間の無駄だってさ。思考停止で召喚士をわっしょいすんの、止めて貰っていいっすか。それどころじゃないんすよ」

「まさか! 私、召喚士殿の聡明な思考を信頼しておりますので。ふふふ、ええ、きっと何か我々には到底理解しえない、崇高な理屈があるのでしょうとも!」

「うわ、アンタもとんでもない奴を召喚したな。ちょっと同情する……」


 なお、烏羽の召喚士を信じている発言は須く嘘だった。本当にブレない奴である。

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