15.トラブル(2)

 烏羽の後に続いて現場に足を踏み入れてみれば、まさに戦闘中だった。汚泥に取り囲まれている神使達3人は、互いに背中を合わせて焦ること無く淡々とソレを処理している。とても苦戦しているようには見えない。


「苦戦はしてないみたい……」

「汚泥との戦いは物量差ですからねえ、はい。水の一滴や二滴などは何ら脅威にはなりませんが、濁流になれば脅威に早変わりするのと同じ事ですよ、ええ。数の揃わない汚泥など、恐れるべき対象ではありません」

「結界の中なら、汚泥には負けないって事?」

「それは希望的観測と言わざるを得ませんね、ええ。輪力が尽きれば結界は維持できませんので、結界の中にいられる状況がいつまで保つかというお話……。ええ、だからこそ薄群青は籠城戦に不安を感じているという訳です」


 ――というか、どうして汚泥が結界の中に? 町の中に入り込んでるって事だよね?

 そう思ったが、結界がどういう物なのかを全て理解している訳ではない為、やはり神使達に話を聞かなければ憶測にすら至れない、ただの妄想を繰り広げるだけだ。


 思考がどこかへゴールするよりも先に、余所様の神使3人と汚泥の戦闘が呆気なく終了する。否、もう戦闘と呼べる物ですら無い、ただの処理作業だった訳だが。

 さて、と愉快そうに目を細めた烏羽が囁くように呟く。


「汚泥が結界の内側にいるという事は『何者』かが、連中を中へ招き入れたという事……。汚泥であれ人であれ、結界を抜けられない限りは互いに干渉する術を持ちません。ええ、であれば――結界に穴を空けた者がいるという事です。そして。結界に穴を空けられる生命体は神使だけ……あとは分かりますね? 召喚士殿」

「……神使の中に、裏切者がいるんだね」

「ご名答。ええ、面白くなって参りましたねぇ」


 そう言って嗤う烏羽は、きっとこうなる事を知っていたのだろう。様子からして、神使の裏切り者が誰なのかも把握しているのかもしれない。

 不意に戦闘を終えた神使達がこちらを振り向く。驚いている様子は全くない。花実達がここへ到着した時点で、存在に気付いていたのだろう。薄群青は苦い顔をしており、褐返は涼やかな表情を。灰梅は釈然としないような顔付きをしている。

 微妙な沈黙の中、口火を切ったのは薄群青だった。


「アンタ達、宿にいろって言ったでしょ。何で出て来たんすか」

「ちょっと待って、薄群青くん。急に詰め寄ったって、召喚士ちゃん達には何の事だか分からないと思うわぁ」


 灰梅の発言に、褐返が乾いた笑い声を返す。


「はは、大兄殿に限ってそんな事はないよ。俺等が抱えてる問題――ま、端的に言えば俺達の中に裏切者がいるって話。こんな状況見りゃ分かるだろ、流石に」


 神使達の反応に対し、烏羽が薄く笑みを浮かべ、あくまで神妙そうに口を開く。当然、この神妙そうな態度は大嘘である。というか、胡散臭さが凄い。花実でなくとも、彼が真剣に物事を考えていない事は分かっただろう。


「これはこれは! 困りましたねぇ、月城町の中に! 神使の裏切者がいようとは。ええ、嘆かわしい事です。神使などと大層な名前をぶら下げていながら、この体たらく! んふふふ、しかし心配には及びませんよ、お三方。何せ、大変幸運な事に! 今回に限っては主神より使わされた召喚士がいますゆえ。ふふふ……」

「俺はまだ、そっちの人間が召喚士だとは認知してないんすけど。大体、勝手に宿を抜け出さないで貰っていっすか。立場を弁えて欲しいんだよな……」

「そう仰ると思っておりましたとも! ええ、我々にはアリバイなるものがありますので。はい。そうでしょう、召喚士殿?」


 ――あ、私のターン?

 全く唐突に話を振られた花実は目を白黒させつつも、先程、宿で張っておいた伏線を回収するべく口を開く。


「そうだね。私達は外へ出る時に、宿屋の主人に声を掛けて出て来たよ。そしてそれは、この汚泥騒動が起きた後。つまり、私達が結界に穴を空けた犯人じゃないよね。騒ぎが起きるまでは宿にいたんだから」

「――と、こう召喚士殿は申しておりますよ、薄群青殿。真偽の程は宿屋の主人に訊いてみればすぐに分かる事かと」


 薄群青の眉間に皺が寄る。明らかに歓迎はされていない雰囲気だ。が、反論らしい反論はしてこなかった。代わりに烏羽が場を仕切り始める。


「と、言う訳で! ええ、我々は町の外からやってきた主神による召喚士しすてむ……。圧倒的な第三者として、裏切者の燻し出しでも行いましょう! ええ、愉しみですねぇ、とても。では、召喚士殿。まずはどうしましょうか?」

「えっ? え、えーっと……取り敢えずさ。今日の件だけじゃなくて、今まで起こった事とか経緯を説明して貰おうかな」


 困った時の過去振り返り。何かしら意見を出す事で、無能でないアピールに勤しんだ花実はそっと神使達から目を逸らした。「何普通の事言ってんだテメー」、などと言われようものなら心が折れる。

 ややあって、指示に従って口を開いたのは灰梅だった。胡乱げな顔のまま、事の次第を説明してくれる。


「今日の一件を除いて~、召喚士ちゃん達が来る前に起こった事を説明したらいいのよね? そうねぇ、特筆する事は無いのだけれど、3日前にも汚泥が結界の内側に~、現れるっていう事件が起こってるの。あの時は町民が一人巻き込まれちゃって、帰らぬ人に……。わたし達も完全に油断していたのよねぇ」

「それで、3人の中に裏切者がいるって話に?」

「そうだけどぉ、そうじゃないの~。わたし達以外、結界の外に神使がいるんじゃないかって話もあって、その――」


 ははは、と急に烏羽が高笑いし始めた。場の空気が一瞬でクラッシュする。


「素晴らしいお花畑思考ですねぇ、貴方達! はははは! いやまさか、『私達3人の中に裏切者なんかいるはずがない!』などと寒気がするようなお話をされています? ええ、ええ! 実に滑稽! この状況下でよくもそのような戯れ言をほざけましたね!」


 最高に愉しそうな烏羽を前に、ぐったりと溜息を吐く。何故、自らヘイトを稼ぐ発言をするのか。折角、現状は白寄りの白だと言うのに。

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