第195話 取り戻した者と手放した者
あ…が……ぐぎゃあああああああ!!!!
あごが外れるほどに大きく口を開き、肺の中に溜まっていた空気を一瞬で吐き切る教皇――
全身が切り刻まれ擦り潰されるような終わることのない激痛が繰り返し駆け抜け、教皇はすでに絶叫することでしか自我を保てないほどの状態になっていた。
辛うじて頭の奥底に残った“理性”を働かせ、今置かれている状況を把握しようと試みる。
私は――私は最後のあの瞬間、神に魂を潜り込ませることに成功した……!
本来人間を対象として“転生”をする時に使う力だったが、神相手でも魂の定着まではできたようだ。
まだ肉体との接続は“もや”が掛かったように感覚がうまく掴めないが、それも時間の問題だろう。
――だが、これは……この苦痛だけは予想外だった……!
まさか神がこれほどの痛みを一身に背負っておられたなどと、一体誰が想像できていただろうか――!
神の魂と自身の魂が溶け合い混ざり合う中、意識の激流の中で教皇の頭の中に“声”が響く。
[ カエセ・・・・・・ワレノカラダヲ カエセ!!! ]
[ ――こ、この声は……! おお神よ!もはや理性を失ってしまわれたと諦めておりましたが、何という僥倖……!このような痛みを受けられてもなお自我を残しておられたのですね……!もちろんすぐでも肉体をお返しいたしましょう……! ]
[ ココハ イッタイドコダ……コノイタミハ ナンナノダ!? ]
[ 申し訳ございません、痛みの正体は私にも分かり兼ねます――が、この世界にお呼びしたのはこの私でございます……!あなた様が凍り付いた時空を漂っていたのを偶然お見かけし、この世界にお招きした次第でございます ]
[ ――ナンジハ ワレニ ナニヲノゾム……? ]
[ この世界に……兎角道を踏み外しやすい人間という種族に“導き”をお与え下さい――!この世界の神として
[ ナラバ…… マズハ コノイタミヲ トリノゾイテミセヨ……! ]
[ お安い御用でございます! すでにあなた様の一部となったこの私であれば、代わりに痛みを引き受けることもできましょう――! ]
――――
――
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
大森林に轟いていた絶叫が止み、不気味で荘厳な佇まいを見せる巨神――
その紅い眼がギョロリと動き、俺とアイラの姿を捉える。
それでも俺たちは近づく足を止めずに進み続けるが、心の中に最悪のケースがちらついてしまう。
アイラも同様の思いを抱いていたらしく、俺に不安そうな表情で尋ねてきた。
「静かになったということは……苦痛が治まったということなのか? ヤツはもうすでに不死のスキルを手に入れたと――」
「――分からない。だけど俺もその可能性はあると思ってる……もしそうだったら、俺達がこれからやろうとしていることが無意味になってしまう……!」
「ユウガの力で鑑定できないのか?」
「――さっきやってみたができなかった。鑑定水晶は元々人間用に作られたものだから、人間とあまりに性質が異なる生物は鑑定できないんだ」
情報を絞り込まずに存在情報そのものを〈検索〉すれば分かるかもしれないが、脳への負担を考えるとそれを今ここでやるのはリスクが高すぎる……
「いや――待てよ。もし不死スキル……〈自動回復(極)〉が付いていれば、とっくに翼や脚が再生していてもおかしくないはずだ! 今見る限り、まだ三分の一も再生していない――望みがあるかもしれないぞ!!」
「なるほど、確かにユウガの言う通りだな! ならやることは一つ……足を止めずこのまま進むだけ――――」
その言葉と同時に、俺たちの眼前に猛烈な勢いで巨神の拳が迫ってくる。
直撃すれば一瞬で肉塊と化すであろうことが直感的に理解できてしまう程の魔力と生命力をみなぎらせた拳――
俺たちは僅かに空いた地面との隙間を見極め、そこに糸を通すようにして瞬時に身を滑り込ませて巨大な拳をやり過ごすが、すぐさまもう片方の拳が正確にこちらを狙って叩きつけるようにして迫ってくる。
俺はアイラを抱えて全力で横に飛び、辛うじて躱すことに成功――アイラは俺に抱えられながらも巨神の眼をめがけて魔法弓を放つが、巨神は素早く顔を捻ってこれを避けるのだった。
「ははっ!流石アイラだな! こんな状態で反撃するなんて」
「ユウガに付いてきたんだ、私だって守られたままではいられないさ!」
先ほどまでの力任せに叩きつけるような見境のない暴力とは一線を画した、理性を伴った暴力――明らかに俺達を敵と認識し、その排除のために必要な攻撃をしてきている。
アイラの魔法を躱した巨神は再びその赤い眼をこちらに向けると、聞いたことのない言語で何かの言葉を発する――
すると地面に無数の魔法陣のような黒い光が浮かび上がり、先ほど時空の裂け目から出てきたのと同じ異形の“天使”が次々と姿を現していった。
先ほどと違い、その全員が完璧ともいえるほどに統制された動きと連携でこちらに襲い掛かってくるため、俺たちはあっという間に防戦一方の状態になってしまう。
「こいつら、さっきまでは直線的な動きしかしてこなかったくせに急に強くなったぞ!! アイラ、俺のシールドから出るなよ……!」
「了解――! だがこの数……明らかに奴は時間を稼ごうとしているな。恐らく羽と脚を回復に集中するつもりだろう――!」
その様子を見ていた信征と幸司がすぐさま加勢に向かおうと足に力を込めるが、背後からゾクリとするような気配が立ち上ったため、二人は反射的にその方向へ鋭い視線を向ける。
「おいおい、冗談だろ!? 何であいつが――!」
「これが深淵魔法の力ってことか……? まあどう見ても“まとも”な状態には見えないがな――」
二人の視線の先には、漆黒のオーラを思わせるような渦巻く瘴気を身にまとったアドルフの姿があった。
「ゴ……ゴロズ……ミナゴロジダ……!」
すでに理性を失っているのだろう、生前の強い思いだけを残しながら――それだけを糧に復活を遂げたアドルフは、深淵の力を全身からほとばしらせながら狂ったように攻撃を仕掛けてくる。
野生の獣のような身のこなしで、持てる力を一点の曇りもなく破壊衝動に注ぎ込んだアドルフの攻撃は凄まじく、信征と幸司の連携をもってしても耐えるのでやっとの状態であった。
「くそっ!!早く悠賀たちの所に加勢に行かなきゃなんないってのによお! 邪魔ばかりしやがってこの野郎!! こんな奴の相手なんてしないで、強引にまいた方がいいかもな!」
「――駄目だ、こいつは俺たちを狙ってる! 無理して悠賀の所に行ったらそれこそ足を引っ張ることになるぞ? 今度こそ確実に消し飛ばしてやるさ……!」
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