第194話 刹那の攻防

翼に続き両脚を失い、もがき苦しむように周囲に破壊と絶叫をまき散らす巨神――その姿を見て教皇は発狂したかのように叫びながら走り出す。


「やめろ やめろ やめろおおお!!下郎が神に触れるな!!!!――何故こんなことに……何故なんだああああ!!!!!」



「お、お待ち下さい猊下――!!」


アドルフが慌てて教皇を追いかけようとしたその時、背後から信征が放った天聖魔法が飛んでくる――



「貴っ様ぁ……邪 魔 を す る な あ あ!!」


怒髪天を衝く鬼気迫る形相で漆黒の剣を振り抜き、いとも容易く魔法を消し飛ばすアドルフ。すぐさま信征は光り輝く白剣で切り結び、数十回の目まぐるしい攻防を経て鍔迫り合いの状態へと持ち込んだ。


「今だ!! 二人とも行けえ!!!」


その声と同時に俺とアイラはアドルフの横を走り抜け、教皇を追いかける形で巨神の元へと向かう。


「行かせん……誰一人この先へは行かせんぞおお!!!」


「時空間魔法《六方震天コラプション・シェイク》!!!」


凄まじい腕力で強引に信征ごと剣を弾き、俺達を追いかけようと振り向いた瞬間――

幸司の放った魔法によってアドルフの足元に六角形の方陣が出現し、内部の空間が激しく振動したことで身動きを封じられてしまう。


「ぐっ、この――小賢しい……!こんなもの効かぬわ!!」


アドルフはバランスを崩しているにも関わらず渾身の力を込めて足を激しく地面に叩きつけ、足元の魔法陣を踏み抜いて魔法の発動を止めてしまった。


しかしその数瞬の間に体勢を立て直した信征は、再び切りかかろうと一気に間合いを詰める――が、それを先読みしたアドルフが放った深淵魔法がすでに目の前に迫ってきており、咄嗟に身を捻って躱しながら大声で叫んだ。



「こんな気の抜けた魔法じゃ欠伸が出るぜ、アドルフさんよお!!」


「糞餓鬼が、そんなに眠いならその頭かち割って眠らせてや――」


信征の挑発に乗ったかに見えたアドルフだったが、背後に迫り来るものを察知した瞬間に信征の意図を理解し、言葉を中断して剣を背後に向かって振るう。

――その刃は、俺が放った魔法を正確に捉えていた。



俺たちの連携攻撃を看破したアドルフは、歪に口角を上げながら振り向きざまに後ろに迫る魔法を確認すると、そこには予期しないもの――灼熱を閉じ込めた燃え盛る球体があった。


「しまっ――――」


アドルフの剣が《爆炎機雷インプロージョン・マイン》に触れた瞬間、凄まじい爆炎を撒き散らしながら機雷が爆発し、アドルフの視界は瞬時に豪炎に包まれる。


辛うじて魔力障壁を展開することに成功し難を逃れるが、その目は血走り額には幾筋もの血管が浮かび上がっていた。


「殺す……絶対に殺――――」



アドルフに生まれた決定的な隙――

その刹那の油断を突いて信征は最速の一閃を繰り出す。


キンッ――という音と共に魔力障壁が両断され、アドルフの首が血しぶきを上げながら宙を舞った。


――――

――


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「神よ――ああ、おいたわしや……もはやこうなれば仕方がない。かくなる上は私が――」


教皇は翼をもぎ取られ、両脚を失ってもなお荒ぶる巨神を前にして一筋の涙を流し、片膝をつき祈るように胸の前で手を組む。


教皇がそっと目を閉じたその瞬間――

その頭上から巨神の拳が振り下ろされ、轟音を上げながら地面が叩き割られ大穴が穿たれてしまう。



「お、おいアイラ!教皇がやられたぞ!?」


「――ああ、ここからでは詳しく感情が読み取れなかったが、涙を流しながら祈りを捧げていた所を見ると覚悟の上だったようだな」


「教皇にとってもこの事態は想定外だったのかもしれない……だけど、例え死んだとしてもこれだけの悲劇を起こした罪は消えないし微塵も軽減することはない――!」


「ユウガの言う通りだ……! だが今はヤツの事よりあの化け物に集中しよう――!」


まさかの形でもたらされた教皇の死に驚きながらも、俺達は速度を緩めることなく駆け抜けていった――しかし俺たちが巨神から30m程の距離まで近づいた時、ある異変に気付く。


「待てアイラ! 一旦止まれ!」


「ん? どうしたんだ……?」



「――化け物の声が止んだ」


ウロボロスによって魔力を注がれてからというもの、狂ったように叫びながら暴力と死を振りまいていた“神”だったが、突然水を打ったように静まり返ったのだ。



憎悪や憤怒の形相を浮かべていたその顔は、無機質で――ややもすると神々しさすら感じさせるそれに変わっており、突然訪れた静寂と相まってより不気味な気配を醸し出している。



「――い、今の内にやろう。行くぞアイラ……!」


俺達がそろりと動き出した瞬間――巨神の紅い眼がギョロリと動き、こちらへゆっくりと振り向くのであった。

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