第193話 無名の英雄

「――大丈夫かタクマ」


身体に覆いかぶさった土や折れた木々をどけながら安藤の安否を確認する魔王ラニウス――安藤は同じく身体を起こしながらその声に答える。


「こっちは問題ないです。――俺はともかく、フェルノ達は……?」


「――私の感知範囲にはいないようだ。だが君も知っての通り魔法の実力は折り紙付きだ……どこまで吹き飛ばされたか分からないが、これで死ぬようなタマじゃないさ」


「だといいが――正直あんな化け物がいたんじゃ、いくら魔族であっても勝てるイメージが湧かない。だがここで撤退すればウロドュナミスを蹂躙した後に魔国に来る可能性もある……今、ここで倒さないと――!」


「タクマは結界を張るためにすでに例の魔法を使ったんだろう? あれから騙し騙し戦っていたようだが……これ以上無理をすれば今度こそ“飲まれる”ぞ?」



「分かってます……! でも、皆やられてあの白龍王すら倒されてしまった以上、アレを倒せる可能性があるのは俺くらいしかいないんです――!」


「本当に分かっているのか……? 不死のタクマが理性を失って低俗な魔物に堕ちれば、例えあの化け物を倒しても今度は君が暴走する化け物になってしまうんだぞ!」



「――だとしても、やらないと駄目なんです! 俺の直感がアレを放置してはいけないと警鐘を鳴らしている……!」


ラニウスは軽くため息をつき、口元に僅かに笑みを浮かべながら安藤の肩をポンと叩く。


「覚悟ができているなら、それでいい。私だって“こう見えて”世間では魔王と呼ばれているんだ、タクマが魔物に飲まれたら私が命に代えても止めてみせるさ」


「ははっ、“こう見えて”どころか“どう見ても”魔王じゃないですか……! ラニウスさんがそう言ってくれるなら俺も心置きなく力を振るえます。あのデカブツの羽が再生する前にガツンともう一発二発ぶち込んできますよ!!」



安藤は翼を失って地上で暴れ狂う巨神に向かって走り出し、光と闇の力を自身の内側にみなぎらせる――


みるみるうちに漆黒の筋繊維が全身に張り巡らされ彫刻のような筋骨隆々な姿を形作っていくが、同時に身体中の細胞が引き裂かれるような激痛が全身を駆け巡る。



「ぐっ――こりゃあ効くぜ……!この状態で混沌魔法なんか撃ったら身体が木っ端みじんになるかもな……! だが、まあいい――限界なんかいくらでも超えてやるよ!!」



安藤は右脚を大きく曲げ、全身の力を振り絞って地面を蹴る――

全身を強化された鋼の肉体は魔王すら目で追えないほどの速度で巨神の元へと迫り、弾丸と化したその身体ごと突っ込んで巨神の右ひざから下を吹き飛ばした。


「まだまだあああ!!!」


グラリとバランスを崩した巨神の隙を突き、今度は残った左脚に滅茶苦茶に拳を叩き込む。


フルパワーの神の雷槌を受けても翼以外傷一つ付かなかったほど強靭な巨神の身体だったが、安藤の猛撃にたちまち肉が削れ骨は砕けていき、あっという間に左脚も破壊してしまった。


巨神が両手を地面につき四つん這いのような格好になった瞬間、安藤は右手を勢いよく前方へ突き出して魔法を発動する。



混沌魔法―《灰の刻印-星晶-モノクローム・スターダスト》!!!



安藤が放った渾身の魔法は、巨神の両脇にその姿をすっぽりと覆ってしまう程の巨大な二つの球体を出現させる――


不穏なエネルギーを充満させた白と黒の球体は互いを追いかけ回すように巨神を中心にぐるぐると回転を始め、次第に引き合うように距離を縮めていった。


巨神は空間が歪むほどの魔力を込めた爪を横なぎに振り回したり全身から魔力を発散させて周囲を吹き飛ばして抵抗するが、いずれも球体には干渉できずにスルリと攻撃はすり抜けていき、そのままどんどん巨神へと迫っていく。



「――はぁっ、はぁっ!! あと少し、あと少しもってくれ……!」


パンッという音と共に安藤が両手を組むように掌を合わせると、二つの球体は巨神を覆い隠すように重なり合い、強烈なエネルギーを撒き散らしながらその色を徐々に銀色がかった灰色に変化させていった。


球体が完全に鈍い銀色に変わるとピタリと放出されるエネルギーが止まり、ほんの一瞬だけ静寂が訪れる――



このまま“仕上げ”に入れると安藤がほんの少し気を緩めた時、静寂は地響きと共に轟いたドンッという音によって破られてしまうのだった。


続けざまに何度も音が轟き、巨神を閉じ込めていた球体の上部に大きなヒビが刻まれていく。――内部から聞いているだけで精神が削り取られるようなおぞましい絶叫が漏れ出してくる。



「くそっ――!何て野郎だ……!! 今すぐ消し飛ばしてやるから大人しくしてろ!!」


安藤が組んだ両手に渾身の力を込めた瞬間――

バリンという大きな音を立てて巨神の上半身が球体から這い出してくる。

それとほぼ同時に球体は巨神の下半身を押しつぶしながら握り拳ほどの大きさに収縮していき、黒と白のキラキラとした粒子となって霧散していった。



「化け物め―― ここ……までか……」


安藤が変身を解いて意識を失ったその時、巨神の口から放たれた紅蓮に燃え盛る火球が直撃し、爆炎と共に周囲は灼熱の炎に飲み込まれてしまうのだった。

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