第192話 時空を越えて
無数の“ともしび”が揺らめく暗闇の空間に降り立ち、俺はレミアさんの言葉を思い返す。
ここは肉体や魂から解放された世界――
だから魔力を原動力とする“魔法”は使えない。
だが、俺はこの空間でも発動した魔法があることを知っている。
それは俺がこれからやろうとしている伝心魔法を教えてくれた魔法使い……エミンが実際に使って証明してくれた。
――魔力は使えなくても“術式”は生きている……きっとあの時エミンはこの世界に満ちる原初の力を術式に流し込んでいたに違いない。
思い起こすのは、今年の年明け早々に見たあの夢――
俺はアイラの死が現実のものになった時からあの時に見た光景がずっと気になっていた。
ただの予知なのか、別の何かだったか分からなかったが、レミアさんの言葉で点と点が線となり直感的な理解をもたらすこととなった。
――あの夢は未来の俺が過去の自分に対して伝心魔法を使い、時空を越えて届けられた俺自身の想いそのものだったのではないか、そう考えたのだ。
だから俺はこの大事な局面であえてこの場所へやってきた。
過去の自分に向けてメッセージを届けるために――
魔法に乗せる記憶は……ダルクを襲った戦火とアイラの命を奪った凶刃について、そして禁忌の魔道具がもたらした悲劇についてだ。
“過去の自分”というあやふやな対象にどうやって伝心魔法をかけるのかイメージが湧かないが、過去から現在に至るまで全ての存在情報が集約されたこの空間だからこそできるに違いない――
俺はそんな事を考えながら右手を前に出し、あの日エミンがやっていたのをイメージしながら伝心魔法を起動すると、予想通り目の前に魔法陣が浮かび上がる。
どの時点の自分に届けようか一瞬迷ったが、不思議と鮮明に思い起こされるのはあの夜の自分だった。
エール王国の首都ダルクで見た年越し祭り――夜空を彩る美しい火花魔法を見たあの夜を思い描き、ベルベット夫妻の住まいを、俺が過ごした一室を、横になったベッドを――できる限りはっきりとイメージしながら、俺は魔法に乗せて当時の自分にメッセージを送り届けようと心に強く念じる。
すると魔法陣はそれに応えるように眩い黄金の光を放ちはじめ、放出された光の粒子が俺を包み込んでいった。
「俺の言葉が――記憶がどこまで届いているかは分からない。だけど少しでも……ほんの少しでも悲劇を回避できる未来があると信じて警告する……!」
帝国を起点として同時多発的に発生する戦乱……それは一旦起きてしまえば俺なんかが逆立ちしても食い止めることができない時代の激流なのだ。俺はそのことを心の底から身に染みて理解している。
――やはり鍵を握ってたのはアレナリアの勇者たちの存在だったのだと、つくづくそう思う。
俺が禁忌の魔道具の存在をもっと早く……竜胆に再会した時に勇者たちに共有していたら、ダルクが戦争に巻き込まれる事にもっと早く気づいて仲間や勇者たちに共有できていたら――結果は変わっていたかもしれない。
「今見せた映像は全て俺自身が見てきた現実――どうかこの記憶をアレナリアの勇者たちにも伝えて欲しい……! 鍵になるのはダルクで再会することになる竜胆だ! 絶対に彼女を通じて信征たちにこの記憶を届けるんだ!――多分、そこが最初にして最大のチャンスになるだろう……」
俺の言葉と記憶は、無事届けられたのだろうか――
周囲を飛び交っていた穏やかな光の粒は余韻を残しながら魔法陣とともに消えていき、再び周囲は暗闇が覆っていった。
「さて、これでやるべき事はやった――すぐに戻らないと」
俺は託した記憶が悲劇を止めるきっかけになることを祈りながら刻印に手を当て、アイラ達の待つ場所へと戻るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます