第190話 巨神
世界樹に空いた大穴からほとばしる衝撃波と魔力波動を浴びながら白龍王は忌々しそうにつぶやく。
[ この波動、タイタンまで取り込みおったか――もはや我だけでは抑えきれぬやもしれんな…… ]
白龍王は大きく息を吸い込み、空に向かって咆哮をあげる。
[ 各龍王に告ぐ――!ウロドュナミスにて大陸に破滅をもたらす厄災が発生した! すでに我ら龍王でなければ抑えられない程の存在と化している!
龍王が筆頭、白龍王シリウスの名の元に全龍王に命ずる――直ちに世界樹へ集結せよ!!
白龍王の咆哮が止んだ直後――
再び世界樹の内部から強大なエネルギーが湧きおこり、血のように赤い光が樹体を包んだかと思った瞬間、大規模な爆発現象が発生する。
結束して加勢しようと集まったエルフの神官と獣人族は猛烈な爆炎に巻き込まれ、その多くがぼろきれのように森の方へ吹き飛ばされていってしまった。
「おいおい――嘘だろ!?」
幸司が狼狽した様子で世界樹の方を指さすため俺達は振り返って確認すると、樹体が巨大すぎて遠近感が狂ってしまうが、天を突く巨木が確かにこちらに向かって倒れてきているではないか――
「皆こっちだ! 全力で走れ!!!」
すぐさま信征が向きを90度変えて走り出し、俺達もそれにならって駆け抜ける――
数秒後、地震のような衝撃と共に世界樹が横倒しになり、壁のようにそびえる樹体によって俺達は退路を塞がれる形となってしまう。
「――こんな光景、とても現実のものとは思えない……!あの世界樹が倒されるなんて」
アイラは気休め程度に身をひそめた岩陰から無残に倒れた世界樹を見つめ、力なくつぶやく。
隣でその言葉を聞いていた俺はそっとアイラの肩を抱き寄せ、目の前に広がる炎と煙に包まれた森の中を見回す――
人間、エルフ、獣人、魔人、そして異界から召喚された夥しい虫や化物たちが無造作に血の海に倒れており、さながら世界の終わりを見ているようだった。
世界樹を倒した原因となった爆発の震源地に目をやると、燃え盛る炎と煙の向こう側に不気味なシルエットが浮かび上がる――
「見間違い、じゃないよな!? 何で……何であんなにデカくなってるんだ!?」
煙をスクリーンにして炎の光が影を大きく映し出したのではとその場の全員が錯覚するが、“それ”は間違いなく実体を伴って動いていた。
そこへ白龍王が翼を羽ばたかせながら現れ、魔力と空気を圧縮した渾身のブレスを吐く――それによって煙が勢いよく吹き飛ばされていき、その全貌が露わとなるのであった。
20、いや30メートルはあるだろうか――
躍動する筋肉や天使のようなシルエットはそのままに、“神”と呼ばれたその存在は圧倒的な存在感を放ちながら巨大化していた。
白龍王のブレスを受けて一瞬たじろぐ様に奇声を上げるが、すぐさま鋭い爪で引っ搔くように腕を振り回し、魔法障壁が割れる音と共に白龍王の胴に深々と傷を刻む。
[ 信じられん――!我の魔法障壁を裂き、尚且つこれほどの傷を与えるとは……!! ]
空中で体勢を崩す白龍王に追撃をすべく口から漆黒の魔力弾を発射しようとする“巨神”だったが、突如上空から降り注いだ白雷に打たれて発射寸前の魔力弾が轟音を上げて爆発する――
「父上――ついに破滅が具現化してしまいました……! もはや私の予知は暗黒……全く先の光景が見えません」
「ナルヴィスよ、それでも我々は諦めるわけにはいかんのだ!!! どんな予知にも確実ということはあり得ない――最後の瞬間まで足掻かねばならん! あれを相手にすればこの城も長くは持たんだろう、最大出力であの化け物を焼き払うのだ!!!」
アーティファクト〈神の雷槌〉は国王テセウスの合図で周囲に満ちた魔力を吸収しながら時空が歪むほどのエネルギーを凝縮していく。
只ならぬ気配に“巨神”は翼を羽ばたかせて飛翔しようとするが、白龍王が横からタックルのような形で突っ込んだためバランスを崩されてしまう。
けたたましい鳴き声を上げながら白龍王に再び爪を突き立て、力任せに放り投げた瞬間――巨神の身体を覆い隠すほどの白い轟雷が直撃し、周囲は閃光に包まれた。
あまりに大きな戦いのスケールに圧倒されながら固唾を飲んで俺たちはその様子を見ていたが、白い煙の向こうから“のそり”と起き上がった巨神の姿に戦慄が走り、愕然とした感情が心を覆っていく。
「あれほどの攻撃を受けて翼がもげただけか――」
悔しそうに唇を噛みしめる信征だったが、その眼には闘争心だけでなくほんの少し絶望や諦めのような光が宿っているように見えた。それほど巨神の存在は圧倒的で、俺達人間が集まった程度でどうにかできるイメージが全く湧かないほどの力を振りまいていたのであった。
「ギュァアアアアアアアアア!!!!!」
巨神は黒い魔力を帯びた禍々しい咆哮を上げると、音波の衝撃か念動力かは分からないがたちまち浮遊城の外壁にひびが入り、金属の傘の部分が次々と様々な方向にへし曲がっていく。
損傷によって浮力を失った〈神の雷槌〉は静かに高度を落とし、ズシンという大きな音を立てて地面へとぶつかっていった。
その様子を見ながら、深手を負った白龍王は再び他の龍王に向けて念話を飛ばす。
[
言葉を言い終えない内に巨神が龍族とそっくりな漆黒のブレスを白龍王に浴びせかけ、周囲の地面をえぐりながら辺り一帯を吹き飛ばしてしまう。
白龍王は身動きできない程の傷を負い、天を睨みながら絞り出すようにつぶやく。
[ ――ぐっ、寄る年波には勝てんか……このような形で……無念だ―― ]
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