第189話 神と龍王
ウロボロスと接続した“神”は、大量の魔力を注ぎ込まれた事によってみるみるうちに身体に張りが戻っていき、筋繊維一本一本が躍動するようにビクンビクンと全身の筋肉が脈打ち始める。
「おい悠賀……あれはヤバいぞ、明らかに他の化物どもとは次元が違う……!」
信征は目の前で鍔迫り合いをするアドルフに目もくれず、冷や汗を流しながら“神”の方向をじっと凝視している。
今や戦場全体が突然出現した圧倒的な力を持った存在に注目しており、あのアドルフですら戦いの最中だというのに完全に意識をそちらに奪われてしまっていた。
次いでどこからかヴヴヴヴ……という空気が震えるような奇妙な重低音が鳴り始める。――それが“神”から発せられているものだと気付くのに時間は掛からなかった。
しばらくしてフッ――と重低音が鳴り止み、辺りは一瞬静寂に包まれる。
「アイラ――!!!」
俺は咄嗟にアイラの方へ駆け寄り、飛び付くようにして魔力シールドを張りながら地面に伏せる。
それと同時に神と呼ばれた異形の化物は張り裂けんばかりに大きく縦に口を開き、赤く染まった眼をカッと見開く。
次の瞬間、まるで地獄の底から湧き上がるような――地響きを伴う強烈な咆哮が森中に轟いた。
その絶叫のような咆哮は衝撃波となって森の木々をなぎ倒しながら広がっていき、戦場で戦う者たちを巻き込んで吹き飛ばしていった。
明らかに理性ある存在とは思えない“神”の様子に、敵味方関わらず我先に逃げ出す者が現れ始めてしまう。
「猊下!ここは危険です、我々も一旦離れましょう!」
俺とほぼ同時に教皇の元へ向かったアドルフは、辛うじて結界を展開して爆風から教皇の身を守ることに成功し、緊迫した面持ちで撤退を進言する。
「助かったぞアドルフよ――だが私はここで退くわけにはいかないのだ。神の様子を見る限り、やはり魔力だけでは身体の調和が取れていないのだろう……タイタンによる生命力の供給が必要だ」
「――で、ですが我々もまだタイタンの場所を突き止めておりません。このままでは折角降臨された神が破壊の権化になってしまいます……!」
「安心したまえ、私は最初からタイタンの在処を探すつもりはない。神は体の自由を取り戻したのだ……“食事”をするとすれば、最も近くにある潤沢に生命力を宿した存在であるタイタンに向かうのは必定――あとは我々は見ているだけでよい」
その言葉通り、“神”はその頭をぐるりと世界樹の方向へ向け、何かを探るように一瞬目を細めた後、全身の筋肉を躍動させて地面を蹴った。
大きな翼を羽ばたかせてどんどん加速していき、数秒で世界樹の幹へと到達する――
俺はアイラを抱き寄せながら信征や幸司が無事爆風をしのいだことを確認し、ふたりに声を掛けようとした瞬間、世界樹の方向から“神”とは別の何かの咆哮が聞こえてきた。
「今度は何だ!?――――いや、あれは……白龍王!?」
俺が視線を向けた先には、白銀の巨体を飛翔させながら“神”に鉄槌を下さんと舞い降りる白龍王シリウスの姿があった。
[ あの古狸め……!このような化け物を召喚するためにコソコソと動き回っておったのか!――これは、もはや小さき者の力で浄化するのは不可能だ ]
白龍王は大きく口を開け、白い強烈な光を放つ熱球を“神”へと放つ――
するとそれを見た“神”も奇声を発しながら顔の前に魔力を凝縮した漆黒の球体を作り出し、白龍王が放った光球にぶつける。
――衝突した二つの球体は金属をこすり合わせたような不協和音を奏で、直後にガラスが割れるような鋭い音と凄まじい衝撃波が広がり、鋭利な刃物のように尖った黒い魔力片が周囲に撒き散らされていった。
その破片を叩き落としながら俺は幸司と信征に声を掛ける。
「二人とも一旦退こう!大迷宮で得た情報を共有したい……!」
「了解! 幸司、シールドを張りながら一旦あそこの岩場まで行くぞ!」
「あいよ! 後ろは任せとけ!」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「――こんな、こんなことがあっていいのか……?」
戦場の一角――すでに魔人達ですら戦いを止めて方々へと逃げ惑う中、グラムは呆然としながら世界樹の方を眺め、拳を震わせながら唇を噛む。
「聞け同胞たちよ……! 今、神樹が危機に晒されている! 白龍王シリウス様が戦っておられる中、我々が背を向けて逃げるなど許されることではない!!神官衆は私に続け!! それ以外の者はミールウスの民の避難誘導と警護にあたるんだ!」
「グラム殿! 我々もお供しよう――!」
肩で息をしながらそう申し出たのは獣人の族長ククルスであった。
「この森はもはや我々にとってもなくてはならない物だ……! 我ら獣人族も微力ながら力添えさせていただく!」
「ありがたい――ククルス殿の申し出、エルフ族を代表して心より感謝する!」
“食事”を邪魔されたことに腹を立てたのか、憎悪のこもった表情で白龍王を睨みつける“神”――背中の翼を羽ばたかせたと思ったその時、一瞬で間合いを詰めて白龍王の眼前に現れ、顔面に連打を浴びせかける。
と言っても体長4、5メートルほどの“神”が巨大な白龍王を拳で直接殴っているわけではなく、拳の動きに合わせて凝縮した魔力を打ち出すような形で狂ったように攻撃を浴びせかけていた。
[ ぐっ、小癪な真似を――! ]
息もつかせぬ強烈な“神”の猛攻に耐えかね、白龍王は鋭く体を回転させて鞭のようにしなる尾を叩きつけて薙ぎ払う。
地面にたたきつけられた“神”は苦悶と憎悪の表情を浮かべながら白龍王をチラリと見るが、すぐに世界樹の方に向かって猛スピードで移動を始めるのだった。
[ 貴様――我に背を向けるか! 理性より本能……所詮は
すぐに追いかける白龍王だったが、“神”が幹を眼前にして全く減速する様子がないためやむを得ず自身は急停止をする。
一方の“神”は飛びながら翼を折りたたみ、速度を落とすどころか銃弾のように体を回転させながら世界樹の幹へと突っ込んでいった。
樹体が揺れる程の衝撃と共に幹に大穴を開けて突き進んだ“神”は、しばらくの間を置いて再び戦場に響き渡るほどの咆哮を上げる。
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